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冬休みを目前にし行われた試験結果が、ようやく廊下の掲示板に貼り出された。上から三十番までしか発表されない順位表の前には、その数よりも明らかに多い人数が集まっている。そしてその中にはもちろんあたしたちの姿もあった。
「――今回も悠真は上位三位から落ちなかったのかー。部活もあるのにいつ勉強してんの?」
「家に帰ってから簡単に予習と復習してるくらいだけど」
「復習と予習……!お前、優等生みたいなこと言いやがってー!このー!」
亮くんの問いかけに、亮くんの隣に立っていた悠真くんが平然と答えた。これは毎日予習と復習を欠かさない優等生の顔である。当たり前だと答える悠真くんに、亮くんはヘッドロックを仕掛けようとしてあっさりとかわされていた。
「今回は悠真くんに勝つつもりだったんだけどな」
「奈々が三位で悠真くんが二位だもんね。それでも十分すごいと思うよ」
「うちのクラスの平均上げは絶対二人のせいだ」
少しだけ不満げに肩をすくめて見せる奈々にあたしと美弥子が首を振って肯定する。今回の我がF組の試験結果は、前回の試験に比べて平均点が上がった。それが今回の試験で順位を上げた、二人の試験によるものだという可能性が高いと奈々は考えているらしい。確かにその可能性は高いとあたしも概ね同意する。
「でも数学は若葉に勝てなかったみたいね。若葉は数学は二位じゃない」
「それ以外はボロボロだけどねー」
「それ以外も頑張らないとね、若葉」
「う。頑張ってるつもりなんだけど、なぁ……。あはははは」
総合順位が貼り出されている横には科目別の順位も貼り出されている。奈々はそれの数学の順位を見て、悔しそうにあたしのことを見た。だけど、数学以外の科目も上位五位以内に全て入っている奈々と違ってあたしのそれは数学だけである。どちらが優れているかと言えば、平均的にできる奈々の方がすごいに決まっているわけで。へらりと笑って答えれば、いつの間にか側に来ていた悠真くんがさらりと口を挟む。
確かに、それを言われれば何とも言えない。一応は試験前は机の前に噛り付いてそれなりに勉強に励んでいるのだけれど、やっぱりモチベーションが数学をやっている時とは全然違う。特に暗記科目の歴史や地理は、あっという間に夢の世界なのである。いや、ね?勉強したいと思う気持ちはあるんですよ。だけど、それはそれというかさー。
「そういえば、もうすぐ冬休みだよね!」
「ああ。そうだねー。23日からだっけ。もうすぐクリスマスだねー」
よっぽど冬休みが楽しみなのか亮くんが目をキラキラと輝かせている。だけど冬休みにわくわくするのは亮くんだけじゃない。試験が終わった解放感と、冬休みへの期待にみんなの顔も笑顔である。
「というわけで、23日あたりクリスマス会しようよ!悠真の予定は?」
「俺は部活」
「だよね。美弥子ちゃんは?」
「あたしはバイトが詰まってるんだよねー」
「そっかぁ。やっぱり奈々ちゃんは静くんとデート?」
「ごめんね。しーくんが部活だからデートはないけど冬期講習があって」
「暇なのは若葉ちゃんだけか」
「……せめて聞いてほしいと思うよ、あたしは」
亮くんは悠真くんから順番にクリスマスの予定を聞いて、最後にあたしを見てため息を吐いた。そんな亮くんにがっくりと肩を落とし、じっと見る。確かに他のみんなに比べたら暇だけど。暇だろうけど。聞くまでも無いにしても、聞いてくれたって良いじゃんか。もしかしたら予定が入ってるかもしれないんだからね!だけど、入ってないのが悔しい。ぐぬぬぬぬ……!
「仕方ない。二人きりのクリスマス会かぁ」
「あのね。あたしが暇だからって参加するとは言ってないでしょ?」
「え?若葉ちゃん孤独を選ぶ勇者だったんだ?」
この亮くんとやら、あたしのこと舐めすぎじゃないですか。だけど、あながち否定できないところが悔しい!最近、うちの親ってば「クリスマスの予定は?」なんてのんきな顔で聞いてくるんだよ。何なのよ。ぼっちな娘でないと信じて疑わないその顔は。
「でも、23日は練習試合あるけど夕方からは休みだよ」
「あ。あたしも夕方ならバイト終わってるかも?」
「お!じゃあ、夕方からクリスマス会しようよ!」
亮くんと二人きりのクリスマスが決まりかけていると、悠真くんが思い出したように口を挟んだ。そしてそれに美弥子も続いて、あっという間に亮くんとの二人きりクリスマス会という不毛な会が開催されることはなくなったようである。よ、良かった……。
「場所はどうするー?夕方からなのは良いとしても、多分どこも混んでるよね?」
「それなら俺の家来る?言い出したの俺だから場所提供と準備するよ」
「亮くんの家?いいの?」
今はクリスマスの時期である。高校生が行けるような店は恐らく軒並み混んでいるだろう。それにカップルとかならまだしも、四人という人数がゆっくり座れるような店はもう予約でいっぱいかもしれない。何より、高い代金は高校生の財布には無理である。
すると、亮くんが事も無さげに簡単に言ってのけた。確かに誰かの家であれば調度良いのは調度良いだろう。
「大丈夫。準備は若葉ちゃんもいるし」
「……あたしに都合を聞くという考えはないんですかね」
「なに?都合悪かった?」
「亮くんの意地悪……!」
「亮くん、あんまり若葉を苛めないでやって。でも、それだったらあたしも講習終わったら行こうかなぁ」
「是非!是非来て!奈々ちゃんのこと待ってるから!美弥子ちゃんも来てくれるし!」
亮くんや。あたしと奈々で態度変わりすぎじゃありませんかね。奈々は静くんという、立派な彼氏がいるんですよ。それともあれですか。奈々が美人だからですか。そうですか。
でも、あたしも奈々が来るのは嬉しい。それに免じて、ここは大人になってさらりと流してやろうぞ。ほっほっほ。
「悪いね。準備任せちゃって」
「え?全然良いよ。暇なの、あたしと亮くんだけだし。悠真くんは練習試合頑張ってね」
奈々と美弥子に絡む亮くんを呆れながら見ていると、悠真くんは眉を下げて申し訳無さそうに声を掛けてきた。それに首を振って答える。悔しいが、あたしと亮くんが暇なのは事実だ。それに練習試合の悠真くんは何も悪いところはなくて、むしろお疲れのところ付き合せて申し訳ないくらいである。
「ありがとう。23日、楽しみにしてる」
「うん。亮くんが張り切って美味しいもの用意するらしいから、お腹空かせて来てね」
「……うん」
というわけで、あたしは腹を括って準備を頑張るのみである。どうせなら楽しいクリスマス会にしてみせますとも!




