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 その日、あたしは生徒玄関から外を見ながら思い悩んでいた。朝は綺麗に晴れていたはずだったのに、目の前に広がる景色は雨模様。確かにお母さんが「傘持って行きなさいよ」と声を掛けてきてはいたのだけれど、その時は綺麗に晴れていた。つまり何を言いたいかと言うと、あたしは傘を持たずして学校へ来ていたのである。バケツをひっくり返したというレベルの雨ではないけれど、それでも本降りの雨だ。これは傘無しでは濡れない方が難しいだろう。


「――五分走ってコンビニ?……もう諦めて濡れて帰ろうかなぁ」

「何でそこで諦める選択なわけ?」


 そこへ呆れたような声を掛けてきたのはやっぱり悠真くんだった。振り返った先に居た悠真くんは当然のように紺色の大きな傘を持ってあたしの横に立つ。いつもは部活の練習着を着ているはずの彼なのだが、今日は珍しく制服姿だ。その上、通学カバンのスポーツバッグを肩に掛けている。


「だって五分走っても濡れるんだから、どっちでも一緒だと思って」

「天気予報見てないんだ?」

「朝は忙しくって」


 花も恥らう女子高生の朝は忙しい。寝癖を取ろうと格闘したり、二度寝をしたり、朝ごはんを流し込みながら寝たり、なのである。当然ながら奈々のようにしっかりとメイクをする時間なんてないほど忙しい。顔と歯を洗って、寝癖を取るだけで重労働なのだ。お母さんだって朝は忙しいんだから早くごはんを食べちゃいなさい!とかって声を荒げているではないか。


「とか言って、どうせ寝坊なんだろ」

「……悠真くん、まだ部活終わる時間じゃなくないですか?」


 決して図星だったわけではないけれど、ここはあたしが大人になってさらりと流す。少しだけ、ほんの少しだけゆっくり寝てただけだから別に寝坊なんかじゃないし!

 そして話題を変えるように、悠真くんが現れてから疑問に思っていたことを口に出す。悠真くんがこの時間に帰ろうとするのはかなり珍しい光景だ。あたしの図書委員の当番の日に一緒になることがあるけれど、今日は何も無い普通の日である。だからあたしも授業が終わって少しだけお喋りを楽しんでから、そんなに時間が経たずに帰宅しようとしている。


「雨で練習場所取れないから、今日はミーティングだけで終わったんだ」

「あれ?屋内練習場は?」

「ちょうど修繕工事が入ってて使えないんだよ」


 そんなに大きくはないけれど、サッカー部には屋内練習場もある。それなのにどうしてだろうと思って聞いてみれば、工事中なのだと言う。言われてみれば、確かに古い施設ではあるので納得である。昔練習中に事故で死んだフットサル同好会部員の幽霊が出るとか出ないとかは学校の有名な七不思議の一つだ。実際は部活中に無くなった生徒なんていないらしいけれど。何故分かるのかと言うと、フットサル部は新設されてからまだたったの数年なのである。多分七不思議の出所はフットサル同好会の宣伝に違いない。サッカー部が有名なせいもあって、フットサル同好会はいつまで経っても弱小で存在感が薄い。


「そうなんだ」

「で、そんなに濡れて帰りたいわけ?」

「まぁ、この場合は致し方ないと言いますかね」


 断わっておくけれど、あたしだって好んで濡れたいわけではない。何て言ったって、あたしは花も恥らう女子高生なのである。どちらかと言うと、濡れたくはない。寒い季節になってきたし、風邪を引きそうじゃないか。それに春先に季節外れの風邪に罹ったせいもあって、今年は自分の体に対する信用は薄い。少しくらい濡れても若いから大丈夫!なんて言い切れない。また一週間も休むなんて、勘弁してほしい。春先に休んだせいで、あたしの皆勤賞の夢は消えてしまったのだから。三年間皆勤賞だと最後に表彰されるって聞いたのに、本当に無念である。


「……入れば?」

「はい?」

「どうせ方向一緒なんだし、目の前で濡れて帰る若葉を見てるのはちょっとね」


 悠真くんはそう言って傘を開くと、それをあたしに向かって少しだけ傾けて入るように促す。悠真くんの紳士用なのだろう傘は確かに大きめで、二人入れば入れないことはないだろう。だがしかし、これは例のアレである。


「相合傘じゃない?」

「そうだけど、別に……」

「あー、分かった!これも練習だね?確かに付き合ったらこういうことするもんだよね」


 自分で言いながら納得である。確かに付き合ったばかりの初々しい二人にはこの肩が触れ合う距離感は恥ずかしいかもしれない。あたしだって、悠真くんとこの距離感は恥ずかしいもん。近い上に、雨と傘で視界と聴覚が遮られるせいか何となく二人だけという空気になってしまう。

 ちなみに何となく頬が火照るのは肌寒い季節なせいで、断じて深い意味はない。寒い季節だから仕方ないのである。別に悠真くんの顔を見れないのも、それとは全くこれっぽっちも関係ない。雨が振って足元が濡れているから、足元を注意して見ているせいなのである。


「それは……、うん。そうだよ」

「なるほどね。じゃあ、役得っと」

「何それ」

「えー?イケメンと相合傘。役得じゃない?」

「俺男だから分からない」


 誰が見ても、これは役得であるだろう。彼女の練習役という名目で隣を見れば、目も眩むほどの美少年だ。明日あたり誰かに背中を刺されてもおかしくない。そう思って言ったのに、悠真くんは眉間に皺を寄せて首を振った。しかしながら、確かに彼が言うことは尤もである。イケメンの悠真くんの隣に別のイケメンが居たら、それはそれでご馳走様とお礼を伝えたいところであるが、彼自身にうまみはないかもしれない。……特殊な趣味趣向が無ければ。


「悠真くんだってあたしみたいな可愛い女の子と相合傘嬉しいでしょ?」

「……うん」


 軽い冗談のつもりの一言だったのに悠真くんはあたしの方を見たまま、そのままこくんと首を縦に振った。それに動揺したのはあたしの方である。たっぷり十秒は固まって、直前のあたしの言葉とそれに対する彼の反応について脳内会議を開くことになってしまった。あれ、あたし今なんて言ったんだっけ?


「……ちょ。ちょっと、お兄さん。そこは『何言うてんねん!』っていうツッコミ待ちなんですけど」

「俺、関西弁は話せないよ」

「うん。まぁ、そうだろうけど」


 そうだと思っていましたとも。どうやら動揺が治まったと思ったのは見せかけだけで、まだまだ動揺の最中に居たらしい。あたしは話せもしない関西弁を繰り出して、呆れた顔の悠真くんと対峙していた。


「明日も雨降るのかなぁ」

「天気予報では明日まで雨って言ってたね」


 なかなか止みそうにない雨にぽつりと漏らせば、悠真くんはそれを聞き逃すでもなく少し考えて答えた。


「そうなんだ。明日の練習はどうするの?」

「練習に使う部分の工事は今日で終わるらしいから、普通にあるよ」

「そっか。良かったね」

「うん、残念だ」

「ん?」

「何でも、ないよ」


 悠真くんはそう言って困ったような顔で笑った。その表情に疑問を感じながらも、彼の顔には聞いてほしくないと書かれている気がする。きっとそれがあたしと悠真くんの距離感なのだろう。

 明日からはちゃんと天気予報を見て、傘を忘れないようにしなくては。この距離感は、今のあたしには少しだけ胸が痛いから。

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