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 元々、この世界には人間の他に様々な種族の生き物が暮らしていた。その中には悠真くんのような獣人と呼ばれる人々も含まれている。

 獣人とは文字通り、獣の特徴を持つ人のこと。耳や尻尾だけでなく、中には頭そのものが獣そのものである場合もあったのだそうだ。だが今この世界で暮らす獣人は耳だけだったり尻尾だけだったりと、獣としての特徴は薄い。

 様々な種族の人々ととただの人間たちは共に暮らしていた。しかし、それは遥か昔の話で現在では多くの獣人はその特徴的な部分を彼らの秘術によって隠し、人に紛れて暮らしている。――悠真くんのように。


「待って。頭が獣みたいだった人たちってどこに行ったの?」


 ぽつりぽつり彼ら種族について話す悠真くんの話が途切れた間に、話を聞いていて疑問に覚えたことを聞いた。すると、悠真くんは寂しそうな顔をして平坦な声で答える。


「去った。この世界では暮らしていけないから」

「だって、その人たちもこの世界で暮らしていたんでしょ?」

「そうだよ」

「なら……」

「昔は若葉みたいに俺たちの特徴が見える人間はたくさん居たんだ。そんな中に頭が獣の人が現れたらどうなると思う?」

「可愛がる!」


 悠真くんの問いにあたしは即答で答えた。頭が獣?それが何だと言うのだろうか。それはもう全力で愛でるに間違いない。とりあえず、全体の毛並みのチェックをして思いっきり撫でる。頭が獣ってどこまでがもふもふなの?顎の下まで?それとも首元まで?犬猫なら首元の柔らかい毛並みも捨てがたいよね!


「……みんなが若葉みたいだったら良かったんだろうけどね。残念ながら化け物扱いだよ。良くて見世物。悪くて鬼退治だった」

「鬼退治って」

「人間は自分とは違う姿形をしたものを恐れるものなんだ。たとえ相手に害意がなくて、言葉が通じていようともね。世界史で習った魔女裁判なんて有名だろ。何か悪いことが起これば、俺たち獣人のせいにして退治されたんだよ」

「そんな……」


 悠真くんは平坦な声で話しているけれど、その瞳はとても悲しい。

 鬼退治、物語でよく聞く単語である。それはあたしにとってはファンタジーの、架空のものであるという意味でしかない。それなのに、悠真くんにとっては悲しい歴史の言葉なのだ。


「俺たちは誰からも嫌われてるから」

「そんなことない」

「俺だってそうだ。本当の俺を知って、態度が変わらない人間なんていないんだよ」

「そんなことないって。悠真くんのファンの子たちが聞いたら悲しむよ」

「悲しむ?俺の表面しか見てないのに?まぁ、本当の俺の姿を見たら悲しむかもしれないけど」


 悠真くんにはたくさんのファンがいる。それだけじゃなくて、同じクラスの美弥子や奈々や亮くんだって、みんなが悠真くんを大好きで嫌われ者という言葉とは繋がらない。だけど悠真くんは冷たい表情で言い切って、鼻で笑った。まるで全ての人を初めから信用していないとても言うかのように。


「あたしは悠真くんが好きだよ。だから悠真くんがそんなこと言ったら悲しい」


 悠真くんの目をまっすぐに見て、あたしは一言一言に心を込めて言う。今、目の前にいる悠真くんは確かに友達になる前の悠真くんとの印象とは違うだろう。だけど、どちらが良いとか悪いとかじゃなくて、どちらも私が好きな悠真くんなのである。


「え?……す?え?」

「あたしたち友達でしょ?友達がそんなこと言ったら悲しいもん」

「お、おう……」


 あたしの言葉が意外だったのか、悠真くんは顔を赤らめながら目を泳がせて動揺しているようである。彼の秘密を知ってしまったのは完全に偶然だった。それでもこうやって二人で話をできるくらいなのだから、友達と言っても過言ではないはずである。しかし、男の子の悠真くんにとっては友達という言葉を口に出すのは恥ずかしいお年頃いうやつなのか、歯切れが悪い。一応頷いてくれているから、まぁ良いか。


「あ!そろそろ休憩時間も終わりだった!悠真くんもそろそろじゃない?」

「もうそんな時間か」

「じゃあ、戻ろっか」

「ああ」


 準備室に置かれた時計を見れば、あと五分ほどであたしの休憩時間が終わることを告げていた。立ち上がりながら悠真くんを見れば、悠真くんも同じように立ち上がって食べ物の容器を纏めている。


「――居たー!悠真、探したよ!」


 そこへ扉を叩きつけるように開けて入って来たのは、緑の龍の着ぐるみのようなものを着ている亮くんである。かなり探し回ったのか、肩で息をして悠真くんの前まで駆けて来た。


「亮?」

「悠真がいないと売り上げが落ちちゃって大変なんだよ!クラス賞のために早く戻って来て!お客さんが『悠真くんはいないの?』ってそればっかりなんだから」

「……分かったよ。今戻る」


 亮くんが懇願するように悠真くんに詰め寄ると、悠真くんはため息を隠さずに渋々頷いた。しかし今日の悠真くんはあたしたちクラスの客寄せパンダであることは否めないので、あたしも口は挟まない。


「悠真を探すのに疲れたから、先戻ってて。もう、俺走れないよ」

「悪かったな。じゃあ、先戻ってる」

「うん。店は任した……」


 亮くんはそう言うと、へたりと床に座り込んだ。相当探し回ったのか、疲労の色がはっきりと見えるようだ。


「じゃあ、あたしもお店戻ってるけど。亮くんはしばらくここに居る?」

「んー。いや、俺も戻る」

「それなら鍵閉めるね」

「うん」


 立ち上がった亮くんと二人で準備室を出ると、そのまま扉の鍵を締める。文化祭の会場になっていない人気のない廊下では文化祭の喧騒は嘘のように静かだ。


「今日のそれは着ぐるみなの?」

「うん。今日のために作ったんだ。毎日が文化祭だったら好きなもの着れて良いのになぁ」


 そう言う亮くんはとても残念そうにうな垂れている。あたしたちの高校は校則が緩めとは言え、それでも服装が自由なわけではなく、制服の着用が決められているのだ。だから多少の着崩しは許されても、それ自体を着ないことは認められない。それでも亮くんは普段からかなり自由に着ている方だとは思うのけれど。

 一応は和風を意識してなのか、ドラゴンではなく龍の特徴が色濃い着ぐるみの亮くんが飄々と隣を歩いている。


「亮くんは休憩取った?」

「少しね。だけど、どっかの誰かさんとイチャついてる悠真を探すのでいっぱいいっぱいだったよ」

「い……イチャついてません」

「どうだかー。個室で二人っきりなんていかがわしいと思いまーす」


 亮くんはからかうようにそう言って、楽しそうに笑う。完全にあたしのことをおもちゃか何かだと思っている顔である。


「あたしと悠真くんはただの友達だし。悠真くんが困ってたから匿ってただけだからね」

「まぁ、そういうことにしておいてあげても良いけどー?」


 あたしと悠真くんはただの友達だ。それ以外の何だと言うのか。はっきりと言い切って亮くんを見れば、彼はにやにやと笑って意味深に頷いている。


「俺も彼女欲しいなー」

「だから違うってば!」

「うんうん。そうだよね、違うよねー」

「亮くん!」


 こういう顔をしている時は何を言っても無駄だと言うのは、十数年の人生ですでに悟り済みである。あたしは小さくため息を吐いて、新たな頭痛の種に悩まされるのであった。

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