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 あっという間に文化祭当日がやって来た。一週間という準備期間は長いようで短い。残れるクラスメイトで集まって遅くまで準備をしてきたけれど、それでも手の足りない部分が多かったように思う。三年生の本格的な受験準備のために、今の時期は二年生は部活や委員会などで主力メンバーになってしまう。そのためにクラスのためだけに残れる人というのは案外多くはなかった。

 私が今運んでいるこれも、そんな準備不足の産物である。男子が着て宣伝するために作られた団子の即席着ぐるみは、すっかりその形を無くしてディスプレイの役目も果たすことができなくなった。教室に置いておいても見目が悪いので、置き場所に困ったこれを休憩時間を利用して担任の山ちゃんに英語準備室の鍵を借りて仮置きしに来たのである。

 分解しかかっている着ぐるみをようやく片付けて、休憩にしようと準備室を出たところで急ぎ足で廊下を歩く足音に気が付いて顔を上げた。一般客が立ち入れない校舎の隅である。そこに居たのはやはり生徒で、それもとても見覚えのある顔だった。


「――っ、若葉」

「悠真くん、こっち」

「……助かる」


 浴衣を着ているせいで動き難かったのだろう、悠真くんの浴衣は少しだけ襟元が乱れている。接客をしているときは淡々と涼しい顔をしているのに、今はどこか焦った様子を隠そうともしない。ここに立っているのがあたしだと分かり、悠真くんは少しだけ安心したように表情を緩めた。

 しかし廊下の曲がり角の向こうからは数人の足音がこちらに向かってやって来ている。あたしはその足音の正体に早々に見当をつけると、まだ鍵を締めていなかった背中の扉に案内した。悩む素振りも見せずにすっと扉の向こうに悠真くんが消えて、それからすぐに足音の主が曲がり角を曲がって姿を現した。


「あ。牧瀬さん!こっちに大槻くん来なかった?」

「大槻くんなら、そこの窓から部室棟の方に走って行ったよ」

「部室棟……サッカー部の部室ね。部室棟の前で待つのが良いかもしれないわね。みんな、向こう行こう!牧瀬さん、ありがとう!」

「ううん」


 友達の友達、そのくらいの見知った顔である女子たちはあたしの言葉に頷いて急ぎ足で悠真くんがいない部室棟へ急いで行った。多少の罪悪感はあるけれど顔見知りの女子と友人のクラスメイトならば、友人のクラスメイトを取ります。ごめんなさい。

 女狩人たちの足音が完全に聞こえなくなると、あたしも背中の扉に入る。


「みんな行ったよ」

「……そうか。若葉、助かった」


 落ち着かない様子で立っていた悠真くんは安心したようにずるずると床に座り込んだ。この様子を見るに、きっと休憩時間が始まってすぐに女子たちに見つかって追い掛け回されていたのかもしれない。


「人気者は大変だね?文化祭限定浴衣プロマイドってとこ?」

「止してくれ。こっちは堪ったもんじゃないんだから」

「あはは、そうかもね。もうしばらく準備室で休んで行ったら?山ちゃんなら怒らないと思うよ」


 普段の制服姿とユニフォーム姿が通常版であるならば、きっと浴衣姿は激レアレベルなのだろう。背の高くすらっとした悠真くんには浴衣も大変良く似合っているので、写真に収めたいと思ってもおかしくない。むしろ、文化祭という特別を狙ってツーショット写真を狙っているというのも考えられる。うん、あれは獲物を狙う目であった。

 今いるこの部屋は担任の山ちゃんこと、山口先生含む英語教諭が使う英語準備室だ。英語に使う雑多な小道具たちが仕舞い込まれている部屋で、当然ながら文化祭には使わない部屋である。きっと山ちゃんなら疲れ果てたうさぎ一羽が休憩に借りたところで怒りもしないだろう。お人好しな彼はむしろ心配するくらいかもしれない。


「じゃあ、若葉も」

「あたしも?」


 接客係は茶屋のイメージのために浴衣を着ているのだけれど、あたしたち調理担当は動きやすさ重視のために揃いのTシャツである。メンズと共有サイズであるために少し大きめのそれの裾はさぞ掴み易かったのだろう、そのまま鍵を置いて部屋から離れようとしていたあたしのTシャツの裾を悠真くんが遠慮がちに掴んだ。


「ここに居てよ」

「えーと……」


 座り込んだ体勢で立っているあたしのことを見ると、おのずとそれは上目遣いになる。美少年の上目遣い、それは最終兵器と言っても過言ではない威力ですとも。ええ!

 すっかり顔を赤らめたあたしは悠真くんに見られないように、慌てて明後日の方向に顔を背ける。しかしそれでも悠真くんは畳み掛けるように、さらに言葉を重ねた。


「若葉も休憩時間なんだろ?」

「そうだけど」

「じゃあ、いいだろ。はい、お好み焼きあげる」

「お好み焼き……」

「たこ焼きとパンケーキもあるけど。こんなに食べられないし、甘いの苦手だから食べてくれると嬉しい」

「……いただきます!」


 あたしは休憩時間になると同時にゴミとなった重い着ぐるみを抱えて、校舎隅の教科準備室までやって来ていた。そう、ここは文化祭もなんのそのという一般客立ち入り禁止の模擬店も何もない校舎の隅である。

 そのためにあたしはまだ食べ物の一つもありつけていなかった。クラスの大多数の予想通りに悠真くん効果で賑わった模擬店は休む暇どころかつまみ食いする暇すらなかったのである。次から次へと悠真くん目当ての客が訪れ、調理担当はてんてこ舞いだった。お汁粉用の焼餅を焼いてひっくり返して、お汁粉に入れて。気が付いたら今である。


 つまり、猛烈にお腹が減っていた。

 目の前に捧げられた食べたかった食べ物の数々。どれもこれも人気の出店で行列が長いという噂のものばかりである。あの逃げようを見ると、悠真くんが並んで買うというのはありえないのでファンの子にもらったのかもしれない。ファンの子に貰ったのだと思うと申し訳ない気がするけれど、悠真くんが甘いものが苦手だというなら仕方がないでしょう!


「若葉って本当に変わってるよね」

「え?そんなことないよ。普通だよ、フツー」


 パンケーキはまだほのかに温かくて、その上にクリームとブルーベリーシロップがかかっている。見るからに甘そうであるが、だがそれが良い。

 甘いパンケーキを至福の気持ちで咀嚼していると、横でたこ焼きを食べていた悠真くんが唐突に言い放つ。何が変わっていると言うのだ。たこ焼きよりもパンケーキに食いついた私が悪いのですか。でも、たこ焼きよりもパンケーキに食いつく女子の方が何倍も普通っぽいと思う。あ、もちろんたこ焼きも食べるので残して置いてくださいよ。


「普通の人間なら俺の姿を見て普通にしていられるなんてありえない。気持ち悪がるか、怖がるかのどっちかだ」

「え?いや。そんなことないでしょ」


 だって目の前にいるのは普通の高校生ではなく、イケメン高校生である。そこらの男子と違って、彼は王子なのだ。うさぎの耳なんて、些細なオプションにしか見えない。きっと悠真くんのファンの子たちだって、この姿を見ても普通に受け入れるに違いない。キャー、かわいい!とか言ってさ。容易に想像できる。むしろ、耳があることによって新たなファンができる可能性もあるぞ。


「そうなんだよ。昔からずっとそうだった。だから俺たちはずっと隠れて暮らして来たんだ」


 そうして悠真くんは彼らについて語り始めた。

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