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「――大槻先輩、好きです。付き合ってください!」


 今にも泣いてしまいそうな女の子の声が耳に飛び込んできて、慌てて階段の影に隠れた。旧校舎にある人通りの多くない理科棟の一角で、どこに行くにも少し遠回りになってしまう場所である。よくドラマかなんかで見る屋上は開放されていないので、その代わりに告白スポットとしてはもってこいなのかもしれない。そんなことを冷静に考えながらも、聞こえてきた名前にはとても聞き覚えがあった。


「……美玖ちゃん、ありがとう。でも、ごめん。付き合えない」


 告白してきた人物の名前は学校ではちょっとした有名人だ。男子たちの間だけでなく、女子の間でもかわいい女子と言えば必ず名前が挙がる。胸まで伸ばした真っ直ぐな黒い髪、派手なメイクはしていないのにぱっちりとした二重に大きな瞳。透き通るように白い肌と、華奢な体つき。そういえばと考えていると、悠真くんが所属するサッカー部マネージャーでもあったと思い至る。道理で悠真くんがはっきり名前を呼ぶわけだ。

 しかし、悠真くんはそんな美少女の告白も素気無く断わっている。難攻不落という噂の悠真くんだけど、こんな美少女の告白を断わるなんて。彼女がいる話なんて聞いたことないしなぁ。


「付き合っている彼女さんはいないんですよね?だったら、試しに付き合ってみるだけでも良いんです!私、先輩に好きになってもらえるように何でもしますから!」


 何でも……だと!?

 美玖ちゃんが言い募る言葉にあたしは驚きを隠せない。こんな美少女にそんなこと言われて断われる男なんていないと思う。だって、何でもとか言われたら、それは、……ねぇ?


「ごめん」


 こ、断わったー!と、叫びたい気持ちをぐっと押し殺してあたしは両手で口を塞いだ。ふぅ、危ないところだったぜ!

 悠真くんの声には申し訳なさが全面に出ていて、それでいて付け入る隙のないようなトーンだった。こんな美少女でもダメだなんて、恋愛に興味ありません系なのかなぁ。


「……付き合ってる人がいないなら、好きな人がいるんですか?」


 背の低い美玖ちゃんが、背の高い悠真くんをじっと見つめている。

 あれ、ていうか、これ聞いたらまずくない?


「――こんなとこでなにしてんだよ、お前」


 静かに道を引き返すかと、振り返ろうとしたその瞬間。あたしの頭の上から言葉が降ってきて、あたしは身体をびくりと跳ねらせて思い切り驚いた。


「し、柴山先輩!?しーっ!静かに!」

「なんなんだよ?……ん?はっはーん!あれは悠真と美玖か。なるほどなぁ」


 振り向いた先に居たのは柴山先輩。くるりと巻いた尻尾と三角の耳が可愛らしい、サッカー部の先輩である。

 あたしは先輩を向いて、口の前に人差し指を立てて必死のジェスチャーで廊下の先にいる二人を示して階段の影に引き込む。先輩は示されるままに二人を見て、理解したようににやっと笑って頷いた。


「私は化学室に忘れ物です。先輩はどうしてこんなところに?」

「ここは三年の教室からサッカー部の部室に近道なんだよ」


 どこに行くにも遠い場所にある理科棟だと思っていたが、どうやらそうとも言い切れないらしい。そう言われてみれば、理科棟の廊下を抜けていくと部室棟が近いかもしれない。部室棟は比較的新しい建物なので、敷地の端にあるのである。


「しかしなぁ。ついに美玖も告白したか」

「ついにって有名なんですか?」

「まぁな。外から見てると結構あからさまだな。悠真を見る目が違うし。なんつうの?目にハートマークが浮かんでそうな感じ?……あー、俺もかわいい彼女欲しいわー」


 柴山先輩は大容量なのにすかすかで軽そうなスポーツバッグを肩にかけ直して、羨ましそうに廊下の先を見ている。このバッグには教科書の類いは入っていないと見た。……あれ?先輩、受験とかしないのかな?


「柴山先輩は彼女いないんですか?」

「言っとくが、俺の青春はサッカーに捧げたんだよ。できねーんじゃなくて、作らねーんだからな!そこのところ間違えんなよ!」


 サッカー部は我が高校の花形の部活である。サッカー部に入っていて、ユニフォームを貰ってるような生徒なら多少の差はあれど、ある程度の人気があるのだ。悠真くんほどではないにしろ、美弥子たちが名前を知っていたことからも、柴山先輩も人気のある生徒に違いない。

 かっこいいタイプとは言い難いけれど、話しやすくて楽しい人だとは思うし。面白くて話題の先輩じゃない、よね……?


「あー。はい。分かりました、多分」

「お前、その顔は絶対分かってねーだろ!」

「ちょっ先輩、髪が乱れるじゃないですか!先輩の尻尾掴みますよ!」

「ぎゃっ!尻尾はだめだって」


 先輩がぎゃんぎゃんと吠えるので、つい手が尻尾に伸びてしまった。うさぎとは違う、少し硬くて張りのある毛並み。でも、それも表面だけで中にはふわふわの柔らかい毛が生えている。


「若葉さん、柴山先輩に何してるの」

「ちょっと尻尾を……って、悠真くん!」


 今度悲鳴を上げるのはあたしの番だった。柴山先輩の尻尾を堪能していたあたしは悠真くんが側に来ていることに全く気付いていなかったのである。尻尾をもふもふしているあたしの背後に立つ、背の高い少年は恨めしいような影を背負ってあたしを見ていた。


「ふーん。俺が来ても気付かないほど夢中だったわけだ?」

「おっ、色男!」

「えっ。いや、それは悠真くんも女の子と話してたし……。あれ?そういえば、あのこは?」

「美玖ちゃんはもう部活行ったよ」

「そ、そうなんだ」


 悠真くんはにっこりと笑みを浮かべているのに、その笑顔はいつかのように氷のようなと例えられるものだった。目が笑ってません!茶化すように軽口を叩く柴山先輩がただただ憎いです!

 何とか突破口を開こうと廊下の先にいるはずの美玖ちゃんに視線を遣ろうとして、それは悠真の体で遮られる。


「それで?いつまで握ってるの?」

「え?」

「ぎゃっ!そんなに力込めんな!」


 そう。私の手の中にはまだ柴山先輩のふわふわくるりん尻尾が握られていた。思わずぎゅっと握ってしまって、それと同時に柴山先輩の悲鳴再び。


「柴山先輩、早く部活行ったらいいんじゃないですか」

「ほら、いい加減離せよ」

「えっ、先輩!行っちゃうんですか!」


 悠真くんは柴山先輩の尻尾を握るあたしの指を剥がすようにして、尻尾を解放してしまった。尻尾を放された柴山先輩はうきうきと尻尾を振ってあたしたちに背中を向ける。そして歩き出す前にふと振り返って、あたしにだけ見えるように親指を立てた。顔には「がんばれ」と書かれている。


「……若葉さん?」

「ええと……部活は行かなくていいの?」

「少しくらいは遅れても問題ないよ」


 悠真くんはにっこりと有無を言わさないような笑顔を浮かべてあたしを見ている。


「盗み聞きしてごめんなさい。えっと……」

「……気になる?」

「……うん」


 盗み聞きするつもりはなかったとは言え、ほとんど聞いてしまったことには違いない。素直に謝罪すると、悠真くんは少し考えるような素振りをしてあたしを見た。

 最後に悠真くんが何て答えたかは聞いていないし、気になるかならないかで言えば気になるに決まっている。でも、それをただのクラスメイトのあたしが聞くのも間違っていると思うし。


「そっか。じゃあ、俺は部活に行くから」

「えっ!」

「少しは若葉さんも悩めば良いんだよ。じゃあね。また明日」


 悠真くんはご機嫌そうに言い切って、足取り軽く行ってしまった。

 なんかよく分からないけど、すっごく気になるんですが……!

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