断章5 黒乃ナイは嗤っている
「だから、私と一緒に居た方が良いって言ったのよ」
夕暮れの教室。
まるで情事の後のように机と椅子が乱れた、混沌とした教室。
その中心にある机の上。
まるで玉座のようなその場所に腰を下ろし、長い脚を組んでいる黒乃ナイが居る。
ここには誰も居ない。
存在しているのは彼女だけ。
口元をいやらしく釣り上げた歪な表情を浮かべ、黒乃ナイは嗤っている。
誰も居ない教室で、黒乃ナイだけが嗤っている。
視線は僕を見つめている。
獲物を逃がさないと言う鉄の意思を突き刺してくる。
「酷い目に遭ったでしょう? 貴方はきっと呼ばれるだろうと分かってたのよ。あれが貴方を見逃すはずがないもの」
知っている。黒乃ナイはこの事を知っている。
どうして? などと言う疑問はもう湧き上がらない。
黒乃ナイはそう言うモノだ。
「さあ、最後の幕が上がるわ。舞台に上がりなさい、ハルキ君」
誰も居ない教室。
虚空に向かって黒乃ナイが囁く。
ここに僕は居ない。
ただ観ているだけの僕に、黒乃ナイはそう囁いた。
時間も空間も、彼女には意味を為さない。
彼女には貌は無く、彼女には千の顔がある。全ての人間の影に潜む混沌の使者。
左目に映るのは、少女の姿じゃない。
スケールを無視した、巨大な存在。
それは『闇に吼える者』と呼ばれる、神の化身だった。