断章4 ノイズ
いつの頃からか、僕の左眼は時折ノイズが入るようになった。
小学校に上がった頃は、すでに始まっていたはずだ。
ノイズ。
砂嵐のような、白と黒の渦。
酷い時にはほとんど視界が閉ざされるほどだ。
症状を訴えても、誰にも理解されない。
それでも何かの眼病ではないかと病院を訪ねても、診断結果は問題無し。
眼科はもちろん、脳外科まで行った。CTも何度も撮った。
視力検査でも問題は起きない。
ノイズが起きるのはそう言う無機物ではなかったからだ。
むしろ左目のノイズは病院で酷くなる事があった。
しかし、ノイズの起きた場所から遠ざかるとノイズは収まる。
まるで何かに近付くとノイズが入るような、そんな感じだった。
その事に気が付いた僕は様々な場所を訪れるようになった。
病院、墓地、死亡事故地帯、海水浴場、森。
ノイズの関連性は見えてきたかに思えた。
しかし、すぐにそれが違う事を思い知る。
それが、生きている人間にも起きるようになった。
僕がノイズを見た人は、早い内に何か不幸に見舞われる。
そして僕がノイズに近寄ればロクな事にならない。何が起きたか分からず、死にかけた事もある。
僕はノイズに悪霊的な何かを感じる物ではないか、と言う漠然とした診断を下し、できる限りノイズに近寄らない事にした。
だから、黒乃ナイは初めてなのだ。
僕の左目に黒乃ナイは全く映らない。
ノイズの塊が、動いているだけ。
暫くして、僕は理解する。
ノイズを起こす何かが黒乃ナイに憑りついているのではなく、黒乃ナイがノイズそのものなのだと言う事を。
「なぜハルキ君の左目にノイズが入るのか。それは右目と左目が全く違うものを視ているからよ。脳がその差異をはっきりと認識できずにノイズと言う結果になる」
「もっとはっきりと言えば、君の左目は全く違うものを受信しているのが原因。だからノイズが左目に出る」
「それを君の脳は情報として処理しきれていないの」
病院に通っていた頃、待合室で僕の症状に興味を抱いた女医さんが相談に乗ってくれた事がある。
眼科ではなく脳外科の先生だったと記憶しているが、本当かどうかは分からない。
「君が成長したら、もしかしたらノイズは消えるかもしれないわ」
「それが良い事なのかは分からないけれど」
このノイズが消える事がまるで悪い事であるかのような言葉が記憶領域でエコーする。
「何故かって? その時は、ハルキ君の左目は脳を侵してしまっていると言う事だもの」
「その時が来たら、ハルキ君はこの世界の真実を目の当たりにするかもしれないわ」
それ以来、その人にあった記憶が無い。名前も憶えていない。
居たのかと言う事すら曖昧だ。
まだ幼い頃だったからその人の言っている事の半分も分からなかった。
ただ一つだけ。
はっきりと覚えている事がある。
左目に映っていたその女医は、顔中がノイズだったと言う事を。