サンドイッチの秘密
修正完了
梨華はさっとパンや具材を切ってサンドイッチを作る。そして大賢者と自分の席にサンドイッチをのせた皿をテーブルの上に置いて座る。
「おおーっ、うまそうだ。
いつもより出来がいいんじゃないか?」
そう言われると梨華はうれしそうに笑って自慢げに話をする。
「でしょ、でしょ!いつもより上手く作れたの」
「ああ、いつもより綺麗に見えるし彩りも良いな」
「すごいでしょー!」
梨華は犬だったら尻尾を振りちぎれんばかりに振っていそうな勢いで褒めてほしいアピールをする。梨華は働いている分大人びて見える事もあるが、まだまだ十六歳の子どもなのだ。
「ああ、すごい!それじゃあ、いただきまー……」
パシッ!
アピールを無視されたのに腹が立ったのか、梨華は大賢者がサンドイッチに伸ばしていた手を容赦なくはたく。
「ダメ、食べるのは手を洗ってから」
「ええー、いいじゃないか。ちょっとくらい」
「だめです。洗ってきてください。ついでに、ちゃんと浄化魔法もかけてね」
「ったく、しょうがないなー」
大賢者は立ち上がって流し台へと向かう。蛇口をひねって水を出し手を水で濡らし石鹸を使って丁寧に手を洗う。洗い終わってから手に浄化魔法をかける。ここまでしないとこの家では食事もお茶もできないのだ。
なぜなら、この家には梨華という潔癖性の人間がいるからだ。手を洗い終わった大賢者はテーブルへと戻る。
「これで良いか?」
「どうぞ、食べていいよ」
「いただきます……美味しい、すごくおいしいぞ!」
「ホント?いただきます。わあ本当だ、これまでで一番の出来だよ」
「ああ、これはいい。」
パクパクもぐもぐ
このサンドイッチが普通よりおいしいことが分かると、二人で競うように食べ始めた。すぐに食べ終わって二人ともお腹をさする。
「……あ〜、さすがに食べすぎたぜ」
「……以下同文。けど何でこんなに美味しいのかな」
「何か違う物でも入れたのか?」
「ああ、そうだった。この間行った辺境の領地にある村で取れた野菜を使ったんだよ。始めて見たから試しに買ってみたんだ」
「おいおい、いつの間にそんなとこ行ったんだよ。ていうか、それ大丈夫なのか。麻薬とかじゃあないだろうな」
「それは、大丈夫だよ。ちゃんと解毒かけておいたし、それで毒の反応も出なかったから」
解毒とは治癒魔法に分類される魔法であり、その名の通り毒を消すものだ。大賢者の娘という立場上、狙われる事もあるから見慣れない食べ物には必ず掛けることにしている。
「そうか、しかしこんなにうまいものが世の中に出回らず村の中で細々と作られているなんてな……なんか、もったいないな」
「なんか、一族の秘密とからしくて外の人に渡したのはこれが初めてらしいよ」
「……そんなものをどうやって手に入れたんだ?」
「偶然その一族の村を通りかかったら、村に怪我人が出たってさわいでて。そのけが人を助けたの……」
梨華はその時のことを思い返しながら話す。
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ふらっと入った村で何やら尋常ならざることが起こっている。
「おい、すぐに医者を呼んで来い」
「呼びにいかせましたが、町までは走っても二時間かかります。間に合うかどうか……」
「くそ!何とかならんのか」
村人は皆慌てて駆け回っていて、梨華はちょうどそこにいた初老の男に声をかける。
「あの、どうかしましたか」
「どうしたもこうしたもない。こっちは今大変なんだ。悪いが邪魔しないで帰ってくれ。それともあんたが医者だっていうんなら話は違うがな」
その男の顔には焦りと邪魔をするよそ者に対する苛立ちが表れている。梨華はおじさんならこうするだろうと、それでも躊躇なく首を突っ込む。
「私は医者ではありませんが、医師免許を持っています。怪我人のところへ案内してもらえませんか」
「嘘つくな。その年でそんなわけが無いだろう!今はお前なんかにかまっている暇はない。さあ、帰ってくれっ!」
男の言う事も正しい。医師免許とは通常はこの年齢では取れないものだ。医師免許にも二種類あって、通常の外科的な施術を行う物と、治癒魔法を中心に簡単な施術も行う物がある。私の場合は後者の方で、治癒魔法師が少ない為に治癒魔法の実力があれば年齢に関係なく取れる免許となっている。
とはいえそれを説明したところで理解させるのは時間がかかるだろう。ここは発破をかけて強引にでも動かそう。
「そうですか、私は別にそれでも構いませんが。それで死なれでもしたら寝覚めが悪いですから。このまま放っておいてもどうにもならないのでは?今は僅かな可能性にも掛けてみてはいかがですか?」
「……本当に治せるのか?」
「それは見てみなければなんとも。ですが治癒魔法で治る類いの物であれば大抵治せます」
「……ついて来い」
そう言うと男は駆け足で怪我人のいる村の診療所へ案内してくれた。診療所と言っても小さな村なので一か月に一度医者が往診に来るだけで、あとは自分たちで簡単な治療を施すといった簡易的なものだ。向かっている間に簡単に状況を説明してもらう。
「一時間ほど前、馬車がいきなり横転した。そのすぐ傍に母子がいてな。事故に巻き込まれてしまった」
「なるほど、それでその原因は分かってないんですね」
「ああ、だが今はそんなことどうだっていい。三人とも酷い状態なんだ。」
「三人?母と子が二人ですか?年齢は?」
「言葉が足りなくてすまん。その母親のお腹には赤ん坊がいるんだ。母親と六歳の子にお腹の子。それで、三人だ」
それを聞いた瞬間、梨華は目を瞠って唇を噛む。
「そんな、ただでさえ状況は最悪なのに赤ちゃんがいるなんて!」
「どうした、今更できないとか言わないよな?」
「いいえ、それはありません。けど……妊婦を治療するのは初めてなんです。知識としては知っているんですが……妊婦の治療は難しいそうなので」
「おいおい、大丈夫か。あの者たちの命はお前にかかっているんだぞ!」
「分かっています……しかし、先に聞いておかなければいけないことがあります」
「……なんだ?」
「……それは、もしもの時に母子どちらを助けるかということです。もちろん両方助けますが、どちらかを選ばなければいけない時もあるでしょう」
究極の命の選択に男は黙り込んでしまう。
「その時にどちらを選ぶか迷っていてはどちらも助けることができなくなってしまいます。ですから早急に選んでください」
「……私にその権利はない……怪我人の夫がそこにいるからその者に聞けばよかろう」
「分かりました。ですが、その人は妻と子を選べますか?」
「それは……では、選べなかった場合はわしの一存で決める。手遅れになっては困るだろう。その場合は子を助けてくれ。あの者は子を犠牲にして助かっても自分を責めてしまうだろうから」
「本当にそれでいいんですね」
「ああ、そうしてくれ」
「分かりました」
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診療所についた。中にはうめき声を上げる子供と、意識のない妊婦がいる。男は診療所の扉を開けると、中で応急処置をしていた夫と思われる若い男に声をかける。
「医者を連れてきた」
「何でこんなに早くっ!?そいつが本当に医者なんですか?こんな小娘に妻や子の命を預けろと?」
若い男は驚き、得体のしれない梨華を拒絶する。それも当然だろう。だが今は押し問答をしている時間は無い。
「この者は医者ではないが、医師免許を持っているそうだ」
「そんなのウソに決まってる!証拠はあるのか!」
「証拠ならあります。これです」
梨華は持っていた医師免許を見せる。ああもう、こんな事をしている時間に一刻も早く治療を始めたい。
「しかし……」
「気持ちは分かるが、ここで無駄に時間を浪費していても何の解決にもならないだろう。それより、一刻も早く治さないといけない」
初老の男がさきほどより一段と大きな声で諭すように言う。若い男は混乱してあたるように喚く。
「こいつらが、死んだら誰が責任を取ってくれるんだ!」
「責任ならわしが取ろう。その場合はわしは長の座を降り、新しい長の処罰をいかようにも受けよう」
「長老……分かりました、長老の覚悟を信じます。どうかよろしくお願いします」
「わしからも頼む、治してやってくれ」
「分かりました。診せてもらいます」
そう言って、梨華はまず一番治療が簡単な子供の服を破り傷の状態を確認する。
「切り傷に擦り傷打撲にむち打ちか……酷い状態だけどこれくらいなら大丈夫」
梨華はそう言うやいなや、周囲の心配をよそにあっという間に呪文を唱え魔法を発動する。
「ヒール……これでこの子は大丈夫」
梨華が呪文を唱えた途端、子どもの傷口がどんどんふさがっていきついにはかすり傷ひとつ残さずに完全に傷がなくなる。すると、さっきまで痛みでうめき声をあげていた子供が静かにゆっくりと起き上がる。
「おおっ!ケント!良かった、よかったー!」
若い男は子供が起き上がるのを見ると、大粒の涙を流して子供を抱きしめる。子どもは何が起こったのかよく分かっていない様子だ
「とうちゃん?」
「ああ、神様。私の息子をお救い頂きありがとうございます。そして叶うなら私の妻とお腹の赤ん坊をお救いください」
男は神に祈った後に、梨華にも深く頭を下げる。
「お願いします。あなたには本当に失礼な事を言いました。お礼なら後でいくらでもお支払いしますので、どうかどうか、妻と赤ん坊を助けてください」
「助けてほしいならちょっと静かにしててくれる?集中しないといけないから」
「はいっ!」
男が敬礼でもする勢いで大人しく黙ったのを確認して、梨華は今度は母親の服を破き傷を確認する。そして考えを纏めるため、ブツブツとひとり言を言いながら治療方法を考える。
「外傷は大したことない。ヒールで治る。けど、赤ん坊と母親を助けるには外傷を治したってダメ。どうすれば……あれしかないか。とりあえずヒール!
……だめか、外傷は治ったけど意識が戻らない。赤ちゃんも動いてないし」
ヒールの高等魔法であるヒール(大)で外傷はあっという間に治るが、やはりこれだけではだめだ。赤ちゃんにどんな影響があるか分からないため本当は使いたくなかったが、最終手段でエクストラヒールを使う。これは使える者がかなり少なくその為実証例も少ない魔法だ。
「エクストラヒールっ!……よし、もう大丈夫。赤ちゃんも無事よ」
呪文を唱えると母親は瞬く間に顔色が良くなり血色もよくなる。
脈を測るとそれは正常値に戻っている。弱々しかった心臓もトクトクと普通に動いている。お腹に手を当てると赤ちゃんも無事に生きて動いていることが分かった。心配から解き放たれてやっと一安心して脱力する。
「本当にもう大丈夫なんですか?リースは助かったんですか。」
若い男が妻を見て、それから梨華の両腕をつかみ揺さぶる。
「ええ、とりあえずは大丈夫ですよ。」
その言葉を聞くと男は安心して梨華の両腕を放し、脱力して嬉し涙を流す。興奮も収まったようだ。
「よかったっ!よかったああ」
「……あなた、私はどうなったの?ケントは、お腹の子は無事なの?」
「ああ、無事だ。ケントはお前の横にいるし、お腹の子もちゃんと元気だよ」
「よかった……!子供たちが無事で本当に良かったわ!」
リースは泣きながら右手でケントと呼ばれた男の子を抱き寄せ、左手でお腹を撫でる。男はそんな妻子の様子を見て嬉しそうに笑う。
「それもこれも全部この人のおかげなんだ。この人が現れなかったら今頃お前もケントもお腹の子も生きてはいなかっただろう」
「……あなたが、私たちを助けてくださったんですね。ありがとうございます、本当にありがとうございました」
「いいえ、助けられて良かったです。ですがあなたと赤ちゃんを危機にさらしてしまいました」
「どういうことでしょうか?」
母親は不安そうに訊ねる。さて、どう説明すると分かりやすいだろうか。
「実はあなたと赤ちゃんに世間には知られていない高度な魔法を使いました」
「それに、何か問題があるのですか?」
「普通の人に使うのは全く問題ありません。しかし、妊婦にはまだこの魔法を使ったことがないのです。ですからもしかしたら副作用のようなものが出る可能性があります」
「そうですか……それでも、私たちは今問題なく生きています。それだけで十分です。あなたは私達の命の恩人です」
「……ありがとう。でも何かあったら私に出来る事は何でもするから必ず私に連絡して。これ、私の連絡先」
そう言って梨華は懐から出した紙に王都の住所をさらさらっと書いて渡す。
「ありがとうございます。命を救ってくれたばかりか後の事まで考えてくださるなんて……そう言えばまだお名前を伺っていませんでしたね」
「そうだ、うっかりしてた。お名前は何と言うんですか?それに、医者でないならどういう仕事をしているんですか?」
リースの言葉で男も思いだし夫婦そろって聞いてくる。
「私は梨華です。冒険者をしています」
「リカさん、リカさんですね。冒険者ということは戦闘もできるのですか?」
「それとも、冒険者ギルドの医療班の方ですか。それなら医者でないのに医師免許を持っていてもおかしくない」
「……残念。私は普通の戦う冒険者ですよ。医師免許は家業の手伝いをする上であった方が良いと思って取ったんです。とはいえ、今の所出番はありませんけどね」
これ以上根掘り葉掘り聞かれても困るので茶化して誤魔化す。
「まあ、医療も戦闘もどちらもできるなんて将来安泰ね。うらやましいわ。ねえ、うちの子なんか結婚相手にどうかしら?それでこの村に来てくれたら安心よね」
「おい、お前一体何を言い出すんだ。ケントはまだ8才だぞ」
「だから、ケントが大人になった時にリカさんが結婚してなかったらの話じゃない」
「あはは。面白いこと言う人ですね。その時はよろしくお願いします……さて、冗談はそれくらいにしてあなたは一応怪我人なんだからしばらくはおとなしく寝ていてくださいね」
梨華は吹き出して心底面白そうに笑った後、リースに布団をかけて寝かせる。怪我をした上に、もうお腹もだいぶ大きいから心配だ。
「だって、ほらすっかり元通り。これくらい全然大丈夫よ」
「ダメです。一週間は安静にしててもらわないと。ケントくんもだよ。いくら傷が治ったっていっても、失った血や体力まではすぐには戻らないんだから。こういうときに無理をすると体を壊しますよ」
梨華は元気になって診療所を駆け回っているケントを見ながら話す。
「まあ、それは大変。ケント布団に戻りなさい」
「ええーやだー。僕もう元気だよ」
「いいから、戻りなさい」
「はあーい」
駄々をこねていたケントもお父さんの一言で大人しく布団に入る。
「それじゃあ、二人とも大人しく寝てるのよ」
「待ってください、もう行ってしまうんですか?」
「そうじゃ、まだお礼もしておらんし帰るのは今夜の宴の後ということではいかんのか」
すると、さっきまでずっと黙っていた長老が夫妻と一緒になって梨華を引き止める。
「いやいや、宴とかそういうの苦手なんで。それに大した事はしていませんし」
「そう言わずに、実はもう用意してあるのじゃ。村の恩人に何もせぬわけにはいかないからな。食材が無駄になってしまうし食べて行ってくれないか」
実は長老は責任者として一家と梨華を見守る為にその場から一歩も動いておらず、宴の準備をしてあるというのも全くの嘘っぱちだった。そんなことは露ほども知らない梨華はもったいないと宴に参加することにした。長老にまんまと嵌められた形だ。
「そういうことなら。ごちそうになります」
「ああ、それじゃあしばらくどこかで暇をつぶしていてくださいますか」
「分かりました」
そして長老は大慌てで他の村人に宴の準備を頼みに行った。