再会
「女将、連れてきました。」
「おや、随分と時間がかかったね。」
「すみません。この子が風呂を嫌がりまして。」
「ふーん。猫みたいだね。」
そう言って女将は磨かれた長い爪でコツコツと文机を叩いた。
女将は珠里を待つあいだ、文机の上に帳簿のようなものを広げて読んでいたらしい。
女将は肌の白い小太りの女で、さまざまな濃さの紫色の着物を何枚も重ね、黒い髪を結い上げて作った髷にいくつもの象牙の簪を刺していた。
そして紫水晶で飾られた長い煙管を片手に、煙草を吸っていた。(女将さんて、紫色が好きなんだろか…。)
珠里は女将にペコリと頭を下げると、そんなどうでも良いことを考えていた。
遣手婆は珠里を女将の前に立たせた。
女将は珠里をじろじろ見ると、しっ、しっ、と猫を追い払うように右手を動かした。
(もう出てけってこと?)
珠里が首を傾げると、横にいた遣手婆が珠里の肩を掴んでグイッと珠里の体を反転させた。
しばらくして、また遣手婆に肩を捕まれて珠里は女将に向き合った。
女将は長い煙管をくわえると、眉間にしわを寄せた。
「手足は長いけど、黒くて、ガリガリで、バッタみたいだねぇ。
顔の造作は…悪くは、ない、か。こればっかりは成長してみないとわかんないけどさ。
ま、アタシにはこれだ!って引っかかるモンは感じないけどねぇ?
どうなの?花散里(ハナチ
ルサト)」
花散里。と女将が呼びかけると、女将の右側の襖が開いて1人の遊女が入ってきた。
珠里は遊女の顔を見て、「あっ」と小さく叫んだ。
卵形の輪郭をやさしく包む亜麻色の髪。
いつかの鈴の声の遊女だ。
「お母さん。この子よ、間違いないわ。」
(お、お母さん!?)
珠里は目をむいた。
花散里と呼ばれた遊女はにこにこ笑って珠里を見た。そしてよく通る涼やかな声で言った。
「この子を、わたしの禿にくださいな。」
「えっ?」
「はっ?」
珠里と遣手婆は仲良く同時に声を上げた。
そのまま固まる珠里と遣手婆を見て、女将は紫煙をぷかりと吐き出すと、やれやれと言うように首を振った。