遣手婆②
珠里は今、畳とにらめっこをしている。
手足、肩、背中、いくつもの白い手が珠里を畳に押さえつけている。
「離せえええええええ」
顔を真っ赤にしてわめく珠里の胴体を、ぎゅんぎゅんと兵児帯が絞り上げた。
そして仕上げとばかりに珠里の背中に誰かの足の裏が乗った。
そのままぐっと体重をかけられ、珠里は「ぐぇっ」と潰れた砂蛙のような声を出した。
兵児帯がぎゅっ、ぎゅっ、と誰かの足の裏を起点に左右に引かれ、ぎちぎちと結われるのが振動でわかった。
珠里が遣手婆に連れてこられたのは湯殿だった。
生まれて初めて見る香りの良い木の浴槽と、湯気を立てるたっぷりの湯に目を丸くする珠里を、どこから出てきたのか若い娘達が押さえつけた。
それからは珠里にとって怒濤の展開であった。
いきなり身ぐるみ剥がれると、皮が赤剥けるほど垢を擦られた。
珠里が痛がって暴れても多勢に無勢。
それから湯をザアザア頭からかけられ、最後に浴槽にポイと投げ込まれた。
赤く腫れた身体中に湯が染みて、珠里は泣きながら必死で浴槽から這い出した。
つるつるした床の上でへたり込む珠里を、娘達は再び取り囲んだ。
今度は柔らかい大きな布で揉みくちゃにされた。
珠里が目を回しているうちに畳の部屋に連れてこられ、髪を櫛梳られ、同時にこざっぱりした着物を着せられ、兵児帯をくるりと巻かれ…冒頭に至る。
ぐったりと畳の上で伸びた珠里の前に、呆れ顔の遣手婆が立った。
「まったく、なんて暴れようだい?取って食われる訳じゃあるまいし。」
「…取って食われると思ったんです。」
あんな恐ろしい目にあったら誰でもそう思います。
そう付け加えてやった。
仕置き部屋行きの方が数倍良かった。
「なんだって!?まあ…。」
遣手婆は額に手を当てると首を振った。
そしてしばらく、「貴重な風呂を…」とか、「罰当たりめ」とかぶつぶつ呟いていたが、大きく溜め息を吐くと、まだ伸びていた珠里の右手を引いて立たせた。
「ほら、シャキッとしな。おいで。女将さんがお呼びだよ。
風呂も新しい着物も女将さんの指示さ。」
「なんで、おれ……じゃない、私なんですか。」
「直接聞きな。」
心底面倒臭そうに遣手婆は珠里を見下ろすと肩をすくめた。
それでも遣手婆は珠里の手を離さず、ゆっくり歩いてくれた。