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灰と烏  作者: 胡子
3/5

遣手婆①

「珠里、ちょっと!」



夜、客の前では満面の笑顔のくせに、昼間はしかめっ面の『遣手婆やりてばば』が珠里を呼んだ。



「はい」



床磨きをしていた珠里は立ち上がろうとして、足が痺れてよろけてしまった。

一人で慌てる珠里を、遣手婆はちらりと振り返った。


煌びやかな大廊下から、目立たぬように派生する狭い通路。

ここから先、客は立入禁止。

店の裏。

遊女と使用人の生活の場。

遣手婆は寄ってきた珠里をくいっと顎で通路へ促した。


珠里と遣手婆が通路へ消えた。

とたん、それまでツンと澄まして掃除をしていた少女達が顔を見合わせ、きゃあきゃあと騒ぎはじめた。



「あいつ何で婆に呼ばれたん?」


「知らんが叱られるんちゃうか?」


「叱られるん!?叱られるん!?」


「良い気味じゃ!」





それはまるで餌を目の前にした雛鳥のような騒がしさだった。



「お前たち!」



怒声と共にぬっと顔を出した遣手婆に、少女達はヒッと小さく声を上げ固まった。



「……………仕事しな。」



低く唸るように発せられた言葉に、少女達は四散した。

そのさまを一睨みすると、遣手婆は再び通路へ消えた。



珠里はムカムカと腹の中に沸き上がる悔しさに唇を噛んだ。

珠里としては今すぐ駆け戻り、好き放題言う少女達の額に拳骨を喰らわせたかった。

だが後ろにいる遣手婆はそんなこと許さないだろう。今だって無言の圧力を珠里の背中に放っている。

珠里はため息をこっそり吐くと、諦めて通路を歩み始めた。



ひたひた…



ひたひた…




無言が気まずい。

歩き出してから気がついたのだが、さて、何処に向かえばいいのだろうか?

遣手婆は珠里の後ろ三歩ほどの距離を空けて歩いている。

振り返って聞けばいいのだろうが、何となく気が引ける。


少女達が騒いでいた通り、自分は叱られるのだろうか?

心当たりはない。

心当たりはないが、知らないうちに粗相をしている可能性がある。

珠里はまだ、ここでのしきたりを全て学んだわけではない。

やがて通路は突き当たり、左右の分かれ道となった。

迷うことなく左へ曲がった珠里の背中を、遣手婆は曲がり角で立ち止まって見つめた。



「…?」



遣手婆の気配がついてこない。

振り返った珠里は、遣手婆の顔を見上げた。



「…あの、仕置き部屋に行かんのですか」



珠里の問い掛けに、遣手婆は眉間のシワを深くした。


「仕置きされるようなことでもしたのかい?」



「いや、おれはしてないと思ってますけど…」




遣手婆はじと目で珠里を睨んだ。珠里は冷や汗をかいた。



「“おれ”じゃない。」


「え?」



「今度あたしの前で、“おれ”なんて使ってみな。それこそ仕置きだよ」


「は…はい」


珠里は瞬きした。









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