88……いみ
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。
そうして、初めての夏がやってきて――
♪
緑が濃くなり始めた小さな村道で、少女が傍らの少年を見上げていた。
「むぅ、リトはいじわるなの。いじわるリトリトなのっ」
赤い髪の少女がほっぺたを木の実みたいにふくらませる。瞳は恨みがましげで、しっぽも天を刺すことで不満を表していた。
「それを言うならファナはわがままファナファナだな。それかお子様ファナファナか」
「むぅぅ……ファナはファナなのっ。ファナファナじゃないしっ」
さらにぷうとふくれれば、今にも破裂しそうなほどで。
「てい」
と、ほっぺたを両側から人差し指でついてやれば、口が開いた風船みたいに一気にしぼんだ。せっかくだから、指先でぐにぐにしてやわらかなほっぺたを堪能する。
「あぅ、あうう――も、もうっ、ファナで遊ぶの禁止! だめなの!」
「あっ、ファナちゃん! おっはよー」
そんな折、別の小道からファナと同い年くらいの少女が駆けてきた。
「もおっ、だからファナはファナなの! ファナちゃんじゃないのっ――――…………あれ?」
♪♪
「お兄ちゃんてば、ファナちゃんいじめたらだめだよ。そんなに遊びたいんならわたしが遊んであげるからさ」
「っ、ノエルがリトを独り占めする気なのっ」
しれっとリトの腕に身を寄せたのは、ファナと同じく十歳くらいの少女だ。肩ほどまで伸ばした藍色の髪を今日はふたつのおさげにしている。黙っていれば人形のような彼女ノエルは、実はファナ以上におてんばだ。
「きっと姉に似たに違いない」
「ちょっと。リト。心の声、漏れてるけど……?」
「あ、すまん。――おう、おはよう、ノエル、シエル」
「あら、わたしはノエルのおまけってこと?」
「違う。目に入った順に言っただけだ……」
ノエルに、それからどさくさに紛れてくっついてくるファナとをひきはがしながら言う。
「リトお兄ちゃんに朝から会えたから、お姉ちゃん今日絶好調な日だね」
「そ、そんなんじゃないわよっ」
ノエルは、幼馴染のリトをにらむ。リトは朝から機嫌悪いなあと半歩引くのを見て、ノエルとファナはリトは全然わかってないと肩をすくめあったのだった。
♪♪♪
「そういえば前から訊きたかったんだけど、リトって、どういう意味なの?」
「うん? 名前か?」
「うん。ヒトの名前って、リューには聞きなれない音だから。でも、ヒトにとって意味がある音? 言葉なんだよね?」
ファナが心底不思議そうな顔をして訊ねる。
「えっとな、うん。リトっていうのは……その」
「星座の名前よ、ファナちゃん」
「星座!? リト座なのっ?」
「正確には風使い座。星座にモデルになった話があって、その風使いの名前がリト」
「かっこいいのっ」
きらきらした視線を受けて、リトは頬をかいた。だから言うのにためらったのだ。
「シエルは空だな」
「えへへ、きれいな髪の毛とお揃いなの。澄んだ空の色!」
「わたしは雪の日。お姉ちゃんみたいに、わたしも真っ白な髪だったら名前に合ってたのに」
「そんなことないのっ、ノエルの髪の毛、夜の空の色できれいなの。雪が降る夜は透明な空気が広がってて、お星さまもお月様もないけど、だからきれいな黒い色してるの」
それでファナの名前は――?
♪♪♪♪
「えへへ、ファナっていうのは、お花の名前なの。火山のところに咲いてる小さい花で、お星さまみたいな形なの。花弁が白かったり桃色だったり赤色だったりして」
「女の子らしい可愛い名前だね」
「うん。生まれて、ヒトの姿のとき、ヒト姿のリューのお姉ちゃんに拾われたんだけど。そのときに持ってたのがファナの花だったんだって。ファナはまだしゃべれなくて、だからファナって呼んでたら、ファナはファナになったの」
だから――ファナは咲き誇る花のようにきれいに、強く笑い、
「ファナはファナ。ファナファナじゃなくて、ファナなの!」
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
名前にはちゃんと意味があって,
色んな想いがこもっている……そういう話でした.
レイミの由来はちょっと重いのですが,それはまたいつか.
それでは次回,
『89……シエル先生!?』
今日一日だけ先生体験をします!――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




