9……朝が来て
♪
「リト! 朝だよ! 起きて!!」
マホウツカイの朝は遅い。だって夜中はマジュツの練習があるから。
もっとも、実際に徹夜でそんな作業をすることはめったにないし、リト自身が朝に弱いわけでもない。ときどき朝寝坊してしまうのは不可抗力だった。理由の例としては、夜中に雨漏りを見つけだとか、猫が家に入り込んで一晩中追いかけっこしていただとか。
あとはそう――幼女と一つのベッドで寝るという慣れないことをしたとか。
「リトっリトぉ!」
「あと五分」
「……むー、いいもん。ふーんだ」
ファナの声がリトの耳から離れる。やっと静かになった――リトはまた眠りについた。
♪♪
ファナは一人で一階に降りて玄関を出る。
「おひさまーっ…………あれ?」
思いに反して、外はまだ薄暗かった。雲はないのに、お日様が見えない。
それもそのはず、ハテノキ村は山に囲まれている。そしてファナが育ったところは高い山の上にあった。場所が違うことも相まって、習慣通りに起きても太陽の見え方は異なる。
じゃあ飛べばいい! 翼を広げたファナは、けれど昨日を思い出してしゅんとなった。
「……。あっ」
視線の先、昨日は屋根の上に伸びていたハシゴが家の脇に寝かされているのを見つけた。
飛べないなら、高いところに行けばいい――簡単なことだった。
竜は見かけの割に力が強い。ファナが本気を出せば、リトよりも大きな力を出せるだろう。
けれど、ハシゴを掛ける作業は、力だけでなく、背の高さも重要になる。ハシゴを持つ位置が低いと、支えなければならないハシゴの長さが増えるからだ。
「んしょっ、んっしょ………………よしっ」
なんとか設置できたハシゴを上って、屋根の上に。
ファナは山と山の間から顔を出した太陽を見つけて両手を上げた。
「おっひさまー♪」
お日様の光は温かく、だからファナはお日様が好きだった。光を浴びると元気になれる。
心は澄み渡っていて、とってもいい気持ち。ファナは翼を広げた。
――飛べそう!
ぶぉんぶぉんと力を込めて羽ばたく。
「えいっ」
掛け声と共に力強く、翼で空気を押し下げる。
ふわり、身体が浮いた。ぐんぐんと上昇していく。「やった」飛べた。嬉しくなったファナが最初に思ったことは、大空を翔ることでも、家に帰ることでもなく――リトに褒めてもらおうということだった。昨日助けてくれたから、飛んでる姿を見せてお礼がしたい。そう思った。
リトの顔を思い浮かべた――瞬間、身体がこわばった。
「っ――」
ファナは落下した。
♪♪♪
ドン――最初に響いた轟音にリトは目を見開いた。
「なっ」
顔になにかが降ってくる。黒い影。――ファナだった。ファナが天井をぶち抜いてベッドへと落っこちてきたのだった。今度はマホウジンを展開する間もなく、薄い掛布団とお腹でファナの身体を受け止めることになった。
「~~~~」
悶絶ものの衝撃をお腹に受けたが、リトはすぐにファナの肩をつかんだ。
「あっ、リトおはようっ」
けろっとした笑顔。リトはそんなファナを見て、大きく息をついた。
「……怪我、ないか?」
「? う、うん。……でも、屋根が怪我しちゃったかも」
二人が見上げた天井には、先日リトが空けたものとは比べ物にならない大穴が空いていた。
♪♪♪♪
「お、怒ってる? リト」「怒ってない」「で、でも」「……あのな。怪我したらどうする気だったんだよ」「だって……。ごめんなさい」
しょんぼりとして謝るファナの小さな頭を、リトはこつんと小突いた。
「…………あんま心配かけんな、ファナ」
顔を上げたファナは、リトの優しい笑顔がまぶしくて、目を細めて小さくうなずいた。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
いよいよ2日目.
ファナの目覚めは朝日から,という話でした.
それでは次回,
『10……こ、怖くないしっ』
でも水遊びは好き――というお話です.
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