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77……ぽかぽかのにおい

マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。

飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。

リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。

学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。

そうして、初めての夏がやってきて――

      ♪


 夏の夜。広場には常夜灯がひとつ灯っているだけだった。少し離れた家々から漏れた橙色の明かりは、ろうそくが何本も立っているみたいで幻想的ではあったが、暗い、怖いという気持ちを取り除くには心もとなかった。

 暗い――たとえ夜目が効いても怖さは変わらない。どうやら夜闇への生理的な怖さは、暗くて見えないことだけに起因するわけではないらしい。例えば、生き物の気配が希薄なこと、空気がしんと透き通っていること、知っている村であるはずなのに、まるで別世界に来てしまったかのように昼間と全く別の顔を見せること。

 もっとも、広場に立つ少女はそんな複雑なことまで考えず。

 ただ単純、明るくて賑やかで、たくさんの気持ちが風に乗って匂ってくる昼間が好きだなぁ。

 そんなことを、竜の少女ファナは思った。


      ♪♪


 夜の広場に立つファナの隣に、いつもの彼――保護者代わりの少年であるリトはいない。彼女は今、とある事情でひとりだった。

 十歳くらいの小さな少女だ。こんな時間にひとりでいるところを見られたら、心配されて家まで送り届けられてしまうだろう。幸か不幸か、ファナに声をかける者はいなかったが。

 ただ、たとえいたとしても、ファナは頑なに首を振っただろう。

『こんなのへっちゃらだもん。ちゃんと家まで帰れるのっ』

 自分を勇気づけようと無意識に少し大きくなった声で答えるはずだ。

 ――やっぱり、昼間の匂いがほとんどしない

 竜ゆえに利く鼻を小さく動かして、ふるふると首を振った。うなだれるのもちょっとだけ、顔を上げて、一歩を踏み出す。ファナはひとり、けれど確かに夜の道を歩き始めた。


      ♪♪♪


「――ただいまなのっ」

 思えばあっという間に家に到着した。いくら歩みがゆっくりでも小さな村だ。

 玄関をくぐり、あったかい光がこぼれる居間に駆ける。

「リトっ」

 声をともに少年に抱きつく。油断すればそのままソファに押し倒されそうな勢いだったが、リトは身構えていたのだろう、余裕を持って受け止めた。

 あまりにぎゅうぎゅうくっついてくるので両肩を持って少し離し、しゃがんで視線を合わせる。いつも通りに見えたが、少し目がうるんでいるようにも思えた。

「おかえり。ちゃんとできたか?」

「うんっ、広場までいっしょだったの! でも、ネナナはずっとひとりで歩いてたよ?」

「そうか、えらいな。ネナナも。それに、お姉ちゃんらしくちゃんと見守って、それからひとりで帰って来たファナも」

 ぽふりと癖っ毛に手のひらを置く。夜風で冷えたのか、いつもよりも冷たい。だから少しでも温めたい、そしてよく頑張ったと、いつもより長く髪をなでる。

 ファナはえへへと目を細める。いつもと同じ気持ちよさそうな笑顔。けれど、今日はどことなくお姉さんらしい雰囲気が感じられたのだった。


      ♪♪♪♪


 一緒に寝るの、理由をつけてはベッドにもぐりこんでくるファナは、今夜も同じく。いっぱい頑張ったよね? などと言われると、無下にもできない。

 甘いよなあ、とわかりつつも、ファナの純粋な好意がつい嬉しく、家族みたいにあったかい事実から目をそらすこともできず、今日もやっぱり甘やかしてしまうのだった。

「リト、あったかいの♪」

「夏だけどな。暑いって寝ぼけて落っこちるなよ?」

「そのときはリトもいっしょだよ?」

「道連れにしないでくれ……」

「えへへ、リトのぽかぽかしたにおいがあると、ぐっすり寝られるの」

 なんて、ファナは猫みたいに身体を寄せてくる。

 リトの匂い――その言葉にリトはふと思い出した。以前、丘に出かけたとき、ファナは匂いだけで知り合いがやってきたことに気がついた。だったら、ネナナを送ったファナを、リトがこっそり尾行していたことなんて、あっさり気づかれているのではないか。

 リトがいると気づいていて、けれどひとりで帰ることを選んだのではないか。あのあまえんぼうのファナがそれを選んだ。仮説だが驚きだった。

 けれどファナだっていつまでも子供じゃない。毎日、少しずつでもお姉ちゃんになる。

「……あんまり急がなくていいからな」

 幸せそうに眠るファナにそっとささやく。本当に甘えているのはどっちなんだろうなと思いながら、リトは目を閉じた。






最後までお読みいただきありがとうございます.


本作は,まったり日常モノです.

気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.


あまえんぼうな娘(妹?)がふと取ったお姉ちゃんらしい行動に,

親(兄)が戸惑うお話.


子供はいつまで経っても子供らしく,

あんまり焦って大人になるなと好き勝手思う話でした.


それでは次回,

『78……夜の森のレイミ』

寝静まった村では村長がゴーストバスターとしての裏の顔を見せ

日々悪霊たちと闘っている――

というお話ではなく,

普通に村長さんが夜の村を散歩するお話です.

よろしくお願いします.


今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.

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