8……ちび竜の夢
♪
――今日はいろいろあった。リトはベッドの中で一日を振り返っていた。屋根の修理をして、空から竜の女の子(子供。十歳くらい)が降ってきて、一緒に暮らすことになって。
「で、だ」
竜の少女ファナは空を飛べなくなった。だから、飛べるようになるまでこの家にいないかとと提案した。
手を差し伸べた理由は単純で、過去の自分を見ているような気になった――ただそれだけ。
――まっすぐな目で、一生懸命で、優しくって、あったかくって。
そんなことを言われた。ファナは子供でやかましくてちょっぴりわがままで、そして容赦なくど真ん中をついてくる。子供ゆえの純粋さがまぶしくて、見ていて温かい気持ちになる。
不思議な子だ。
たった一日なのに。心の中に明かりが灯ったような感じだった。長いこと誰かと暮らしたことがなかったからよけいかもしれない。
こんな日がずっと続けばいいのに――そう思っても、リトは迷わない。ファナの笑顔のために、ファナが翼を取り戻すために一番近い道を示すことを決意するのだった。
♪♪
『リト。ファナはね、おっきな竜になってね、お母さんになるの!』
ベッドの上で、ファナは眠たげな眼を星のようにきらきらさせながら言った。
『それが夢なのか?』
『夢?』
『大きくなったらやりたいこととか、そういうのだ』
『空を飛び回っていろんなとこに行くとか』とリトは例を挙げたが、『おっきくなったら簡単にできちゃうよ?』と答えられた。竜とはそういう生き物らしい。
「夢、か」
リトは目をつぶったままで考えた。
マホウツカイであり、世界中を飛び回って新聞記事を書いている両親。さっきファナに言った『いろんなところを行く』というのが、明らかに両親の影響を受けていて笑ってしまう。リトにもマホウツカイの血が流れている。そのチカラを、今は村の人々の困りごとを解決することに使っていた。それ以上の使い道にはあまり興味もない。
魔法騎士だとか、賢者だとか、占い師だとかそういう職に向いていないことだけは確かだ。
自分の手の届く範囲内の幸せだけで満足できる。
だから、夢なんて言われてもよくわからない。
そういう意味では、リトとファナは似た者同士かもしれない。今の暮らしに一生懸命で、毎日に一生懸命で、目の前のことに一生懸命で、先のことなんてあんまり重要じゃない。
♪♪♪
「くぁふぅ」
タオル地の薄い掛け布団が引っ張られる。いつの間にか、ファナはベッドの反対側まで転がっていた。それもそうだ、今は初夏。まだ本格的な暑さではないが、ひっついて寝ていられるほど涼しいわけでもない。
「て」
ごん
ファナがベッドから落ちた音がした。しかも頭かどこかを床にぶつけたような。
「……だいじょうぶか?」
起き上がって、床に落っこちたファナを抱き上げる。眠ったままだった。起こさないように丁寧にベッドに寝かせると、
「くぁぅ、ふわふぁ」
身体を大の字に広げた。幸せそうな顔。空を飛ぶ夢でも見ているんだろうか。
「もう落っこちるなよ」
小さな頭をひと撫でして、リトは同じベッドで目を閉じた。
♪♪♪♪
「ん……はれ?」
ファナが目を開けると辺りは真っ暗だった。お昼寝したから目が覚めたのだろう。隣のリトはぐっすり眠っていて、起きる様子はない。
ファナはその寝顔を嬉しそうに眺めた。さっきまで、とても心地よい夢を見ていた。
「リト。ファナの夢、いっこあったよ」
起こしてしまわないように小さな声で囁く。
「おっきくなって、それでリトを背中に乗せて飛ぶの。それが今のファナの夢」
口にして満足したからか、ファナはまた眠くなった。「おやすみ、リト」とつぶやいて、丸くなって目を閉じる。二人は朝まで寄り添って静かに眠った。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
日常の些細な出来事を可愛く書きたいということで,
1話1話を短く構成しています.
導入ということで時系列になっていますが,
あくまで日常の一コマを描くものなので,
どこから読んでも大丈夫なのでご安心を.
それでは次回,
『9……朝が来て』
朝からファナは全力全開――というお話です.
よろしくお願いします.
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今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.