59……洗いっこ
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げる。
リトと過ごす内に、村の人とも仲良くなり、彼女の世界は少しずつ広がり始めた。
しかしある日、ひとつの事件が起こって――
♪
「ファナは――えっと、シエルお姉ちゃんなファナの身体を洗うのっ」
「それでわたしは、中身がファナちゃんな自分の身体を洗う、と」
夕食後のリビングにて。家主のリト、居候のファナ、幼馴染のシエルの三人は、テーブルを囲って作戦会議を開いていた。
ファナとシエルの中身が入れ替わってしまった――この摩訶不思議な状況をどうやりすごすかという重要な議題だ。
「じゃ、リトは自分で自分を洗ってね」
「ぜひそうさせてください……」
今年で十六を迎えたばかりの多感な少年は、もうなにも言うまいと誓っていた。
そもそも二人してリトの家にいるのがおかしい。シエルの家にお泊まりすればいいと何度も提案したはずなのに。
「……あ、いっしょに入りたい?」
「……。書斎で調べもんしてくる」
脱兎のごとく逃げ出したリトを見て、
「あーあ、逃げられちゃった」「リトは照れ屋さんなの」
二人の少女は、中身が入れ替わっている違和感を少しも見せずに笑い合った。
♪♪
二人のお風呂。いつも通り楽しそうなファナと対照的に、シエルは少し落ち込み気味だった。
(こんなところにほくろ……うわこれ子供の頃にこけた傷よね? うう……)
普段は見えない自身の身体を他人の視点で見られるゆえのことだった。
(……うーん、でも全体的には……まあまあ……? 小さいけど)
顔は見ないことにして、肩より下に視線を滑らせる。保育所で子供たちと駆け回っているおかげか身体は適度にしまっていて、わるくないように見える。肌の白さもまあまあだろう。妹の方がわずかに白い気もするが、誤差の範囲か。
ただ、女性の象徴たるその部分には物足りなさを感じなくはない。
ちゃんとふっくらしているし、色も問題はない。でも……理想を思うと小さい。
「シエルお姉ちゃん?」
「えっ? あ……だいじょうぶよ。ごめんごめん」
自分の顔にお姉ちゃんと呼ばれる違和感を飲み込み、
「よし、じゃあわたしから洗っちゃおうかな。ふっふっふ」
自分の身体は自分がよく知っている。例えばどこを洗うのが好きだとか、どこがくすぐったいだとか。ファナがシエルの声で「くすぐったいのっ」「ふあ……」と反応するのがどきどきして、でも不思議に嬉しくて、いつも以上に丁寧に身体を洗ってしまうシエルだった。
♪♪♪
「つぎはファナが洗う番なの! 羽としっぽもきれいにする!!」
シエルの姿をしたファナが石鹸を右手に自身の身体に詰め寄った。
「うう、やっぱりへんな感じ。……ファナちゃんは平気なの?」
「ふえ? うーん。だって気づいたらあったし……?」
ファナは竜だ。だから、背中に羽があり、お尻からはしっぽが伸びている。
気にしなければ問題ないことはわかってきたが、驚いたときなどに勝手に動いてしまうのは困ったものだと思う。
「なんか、自分の声が聞こえるの、変な感じなの」
それはシエルも気になったが、妹がいるからかそこまで大きな違和感ではなかった。
「それに、ふあって気持ちよさそうな声だされるとちょっと…………どきどきするの」
「それはわたしも――ってちょっと!?」
「えへへ、こうするとやわらかくって洗いやすい」
ファナの細腕を包むようにシエルのそれが押し当てられている。身体を前後に動かせば、やわらかな布で身体を拭われているような――、
「ふぁ、ファナちゃんっ。それはだめっ。よくない! まだ早い!」
「ふえ? だめ? はやいの?」
「えっと……うん。そういうのは、ほら、ね? とっとにかくっ」
♪♪♪♪
「うう……ちょっと疲れた」
「えへへ。ファナもはしゃぎすぎたかも。ごめんなさい。……あ、でも。自分の身体を自分じゃない目で見て、それから人の身体になって、なんだか、自分のことも、それからシエルお姉ちゃんのこともたくさんわかった気がする」
そしたら、
「もっともっと仲良しになれそうな気がするのっ」
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
入れ替わり事件その3.
入れ替わったことによる利点を活かして,
互いの身体を洗う話.
入れ替わってからの裸の付き合いというお約束.
といいつつもあまりピンク色な話にはなっていないですが.
……そういうのの方が需要あるんでしょうか.
それでは次回,
『60……こめられた想い』
暖かい呪いもあるんだね――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




