44……傘とかたつむり
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げる。
リトと過ごす内に、村の人とも仲良くなり、彼女の世界は少しずつ広がり始め――
♪
「えへへ、帰ろっ、リト♪」
ファナは保護者代わりの少年リトの腕に、抱き枕にするようにくっついた。
お昼の買い物からの帰り道、傘はリトが手にしている一本しかないから、そうでもしないと濡れてしまう。しとしととまた降り始めた雨はまたしばらく降り続けそうだ。
きっと普通に隣に並んだだけでは、リトはファナが濡れないようにさりげなく傘をファナの方に傾けるだろう。
でもそれだと結果的にリトが濡れてしまう。だからファナはリトの腕に抱きついた。
それにこうすれば、リトにぴったりくっつけて嬉しい。
「こけるときは一緒だな」
「こけるときも一緒なの!」
あんまりくっつきすぎるな、そう言いたかったのに。返ってきたのは満面の笑みだった。
♪♪
「ファナは、雨の日の散歩は嫌いな方か?」
「うん? うーん……一人でだと、ちょっとさみしいの。空も暗いし。あと濡れるのもあんまり好きじゃない、かも。――でも、でもね、好きな人と一緒なら楽しいよ」
えへへーと腕をさらにぎゅっとしてくる。
「……リトは、好き?」
「……。ん? ファナのことが、か?」
「ふえっ!? じゃ、じゃなくてっ」
「冗談だよ。俺は好きだよ。だって雨降ってると、晴れてるときとはまた景色が変わるからな」
しぃ、とリトが人差し指を口元に当てる。
それに従って耳を澄ませば、世界がたくさんの音に満ちていることに改めて気づいた。
パタパタと傘を叩く雨の音、ゲロゲロと重なるカエルの歌声、ピチャピチャと鳴るのは自分たちの足音で、ポトンとたまに聞こえるのはどこかに溜まった水滴が一息に零れたもの。
聴覚だけじゃない。視覚もそうだ。
賑やかに羽ばたくチョウは見えず、目に眩しいいろとりどりの花も眠るように顔を伏せている。その一方で、緑の葉にカタツムリが散歩に訪れ、アメンボたちは水たまりやバケツの水ではしゃいでいる。草むらが揺れポチャンと鳴ったのは、カエルのかけっこかもしれない。
雨の日には、雨の日の生き物たちの日常が溢れ出す。
その日常はいつだってすぐ傍にあるけれど、歩調を緩めてじっくり眺めなければ気づかない。
より自然に近い生き物であるはずのファナよりも、村に住まうリトの方がその世界に詳しい事実に、ファナは改めて驚かされた。
リトはすごいの――そう伝えたくて、くっつく腕により力がこもる。
♪♪♪
「雨の散歩を楽しむのもいいけど、そうも言ってられない事情もあるしな」
リトはちらりと手元の紙袋を確かめた。中にはお昼ご飯のパンが入っている。焼き立てだから、まだ温もりは感じられるが、あまりゆっくりしていると冷めてしまうだろう。
「ファナ、ちょっとだけ離れてくれるか?」
「やだ」
「すぐくっついていいから」
むぅと頬を膨らませたファナに苦笑を返す。しぶしぶ身体を離したのを確認してから、ファナに背を向けて身体を屈めた。
「っ――おんぶなのっ♪」
えへへーと抱きついたファナがぎゅっとすれば、
「ファナはあまえんぼだな」
「? あめんぼ? ……ファナはリューだよ?」
♪♪♪♪
「あっ――リトちょっと止まって!」
ファナの声に足を止める。するとファナが肩のところから腕を伸ばした。その先を辿れば、アジサイの葉に大きなカタツムリが一匹。
「葉っぱの傘さしてるの」
そのカタツムリの殻に、ちょうど身体を覆うくらいの葉っぱがくっついていた。確かに、傘をさしているように見えなくもない。
「俺たちそっくりだな」
「ふえ? ……あれ、じゃあファナがカラ? うーん、あっ。でも――そしたらリトと一緒にいられるね。だから、あめんぼよりかたつむりの方がいい!」
ファナの何気ない言葉に、だったら、カタツムリとその殻みたいに一緒に成長していければいいな――リトは思った。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
相合傘もいいけれど,おんぶも捨てがたい.
そんなお話.
おんぶの王道と言えば,
遊び疲れたファナがリトの背中で眠ってしまう夕暮れの帰り道,
みたいなシチュエーションでしょう.
いつかやります.
それでは次回,
『45……いろとりどりの』
リトとあの橋を渡れるのかな――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




