42……パン屋さんなのっ
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げる。
リトと過ごす内に、村の人とも仲良くなり、彼女の世界は少しずつ広がり始め――
♪
「リトリトっ、雨、やんだのっ」
玄関のドアを開けっ放しに飛び出したファナが、雲の切れ間から差し込む日差しのようにまぶしい笑顔を浮かべた。
竜の証であるしっぽをまっすぐに伸ばし、羽をぱたぱたさせる。さっきまで降っていた雨のせいでじっとしているしかなかった反動だろう、全身が元気いっぱいだ。
「よかったな。これで買い物に行ける」
後に続いて外に出たのはリト。ファナの保護者代わりの少年だ。
「……」
「うん? どうした?」
ファナが空をじっと見上げ、しっぽをゆらりと揺らしたのを見て、リトが訊ねた。
「……雨、もうちょっと降るかも。傘あった方がいいと思う」
竜ゆえに感じることがあるのだろう。「ありがとな」リトは傘を二本手に持って、
「ほら」
と、空いた方の右手をファナへと差し出した。
♪♪
村のパン屋〝コロロ〟は、昔からずっと続くお店だ。店長こそ五十過ぎになるおじさんだが、最近では、その息子とお嫁さんも前面に立ち始めた。二十歳を少し過ぎたばかりだが、さまざまな街を回って修行してきたお兄さんの実力には、おじさんも唸っている。
おじさんの焼く昔ながらの味に加え、お兄さんの創作パンも村人に人気となっている。
「いらっしゃい、ファナちゃん。お昼?」
「うんっ。コロネ……さんは、お店番?」
「そうよ。もう娘じゃないけど、これでも看板娘だから」
お姉さん――コロネさんも二十ちょっと。もうすぐお母さんになると聞いたが、ふんわり笑ったところはまだまだみずみずしさを感じさせる。
「今日はリトくん、学校じゃないものね。ちゃんと遊んでもらってる?」
「うん! リトといるの、楽しいの! ……でも、今日は雨だからちょっと退屈かも」
晴れてたら散歩に行ったり、村の外を探検したりもできるけれど。
「そうね。私も雨は苦手かなぁ。約一名はしゃいでる人がいたけど」
お姉さんの視線の先は、たぶんお店の奥だ。そこでは、お兄さん――テツさんがパンを焼いている。コロさんの呆れを含んだ笑いの意味はごく単純で。
テツさんは、無類のパン好き――職人改めマニアだ。その日の天気、気温、湿度によってパン生地が微妙に変化することで生まれる、その日だけのパンの味や食感を楽しみ、研究する。
コロネさんは「どうしようもない人」と笑うが、どこか誇らしげで、嬉しそうにも見える。
「……なんだかすごいの」
「聞いた人によってはそう思うんでしょうけど。……あ、ファナちゃんちょっと退屈してる?」
「?」
「よかったら、なんだけど」
♪♪♪
「いらっしゃいませ、なのっ」
カランと入口のドアが鳴ると、ワンピースにエプロンをつけたファナが満面の笑顔で出迎えた。コロネさんに、「お店屋さん、やってみる?」と誘われた結果だ。
お店屋さん――それは女の子の夢のひとつ。ファナは即決だった。
「あら、あなたがファナちゃん? はじめまして」
「はっ、はじめまして」
ファナが村に来てまだ少しの時間しか経っていないから、初めて話す村の人も多い。
「うまくいくかはファナちゃん次第だったけど、心配なかったわね」
ファナが自分のことやおすすめのパンのことを一生懸命に話しているの見守りながら、コロネさんはふわりと笑った。
そろそろお昼だから引き上げよう、客足がひと段落したところで声を掛けようとして、
「ありがとうございました。………………あ――っ、ブドウジャム蒸しパン売り切れなのっ!?」
♪♪♪♪
ファナが大絶賛した効果だろう、そのパンはトレイからきれいになくなっていた。ファナの満面の笑顔で「これおいしいの、大好きなのっ」と言われたら、買ってみたくもなる。
「それはまた今度にするしかないな。他のパンがどんな味か試すのもいいんじゃないか?」
リトがしょげるファナの髪を撫でると、彼女は小さくうなずいたものの落ち込み気味で。
おやつも買うか、リトが思ったとき、ぴん――とファナのしっぽが立った。
「はい、おまたせ。ブドウジャム蒸しパン、焼き立てよ」
トレイを持って出てきたテツさんの隣にコロネさんは並び、こんがり温かな笑顔を見せた。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
お店屋さんをする女の子っていいよねという話.
最近は,なりたい職業がお花屋さんとかケーキ屋さんじゃないらしいですが.
でも,創作の中ぐらいロマンを求めてもいいでしょう,ということで.
喫茶店とか,いいですよね!
それでは次回,
『43……リューのおねえちゃん』
ファナだってやるときはやるもん――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.