4……小さくても確かな
♪
竜の少女ファナはお昼寝中だ。今後のことをあれこれ話していたのだが、ファナにはつまらない話が多かったらしい。舟をこぎ、揺れが大きくなって、テーブルにおでこを打ちつけた(角は当たらなかったようだ)ところでリトは諦めた。
「竜っていうか……」
ファナはソファの上で膝を抱くようにして丸くなって眠っている。幸せそうな寝顔と愛くるしい寝姿には癒し効果がありそうだ。
子猫をそのままに、リトは屋根の雨漏り修理を再開した。夕方には予定していた作業も終わり、うーんと伸びをしたところで、
「リトー」
少年を呼ぶ声がした。三角屋根の裾、ハシゴからちょこんと小さな顔が出てきた。
「お、どうした?」
「お腹すいた」
ご飯には早いが、リトも屋根修理をしたから空腹を覚えていた。でも、
「その前にお風呂入ったらどうだ? すっきりしてから食べたいだろ?」
そう提案すると、ファナは、
「おふろ?」
目をぱちぱちさせて首を傾げた。
♪♪
「温泉っ♪」
「温泉じゃないぞ、お風呂っていうんだ」
「あ、そっか。おふろと温泉ってどう違うの?」
ねえ教えて、ときらきらした目で訴えてくるファナにリトはのけぞった。温泉は自然にあるもので、お風呂はヒトが作るのだと説明すれば、納得したらしい。
「それじゃ溺れないようにな」
踵を返そうとしたら、ぎゅ――ファナがリトの服の裾をつかんでいた。
「どこ行くの?」
「いや、お前がお風呂に入るから出てようかと」
「どうして? ファナと一緒に入らないの? あと、お前じゃなくてファナだよ」
「俺はあとでいいんだ」
いくら子供で竜とはいえ見た目は女の子だ。変な感情を抱くつもりはないが、一緒に入る理由もない。ファナの手を離させ、背を向ける。その背中にファナの声が届いた。
「じゃあファナもあとで入る。リトが入るときに一緒に入る!」
「………………はぁ」
♪♪♪
「おっふろー♪」
風呂桶で全身を流してやると、ファナはご機嫌な様子で湯船に跳び込んだ。しぶきがリトの顔にかかる。けれど、ファナはそんなことお構いなしだ。
「ファナ、温泉もおふろも大好き」
無邪気な笑顔。そんなファナを横目に、リトは身体を洗い始めた。石鹸を泡立てたところで、
「ファナがする!」
お風呂から跳び出したかと思ったら、さっきリトがそうしたみたいにリトの後ろに回った。猫のような俊敏さでリトからスポンジを奪い取り、ごしごしと背中を洗い始める。
「かゆいところはないかー?」
リトの真似だ。竜とはいってもやっぱり子供のようで。
「ない? んー……、じゃあ腕も!」
へ? とリトが思った次の瞬間、背中に体重がかかった。ファナが移動しないでリトの右手にスポンジを這わせたからだ。ファナの小さな身体が密着してくる。
手とか腰とか膝とかと明らかに違う感触に、リトは身を固くした。かすかではあるが、まぎれもない女の子のふくらみ、それが背中にぐにぐにと当たっている。
「リト? 顔が赤いよ? 暑いの?」
「ああ、気にすんな」
「わかった! じゃあつぎ左ね」
なおも無邪気に身体を接触させてくるファナに、リトは降参と両手を上げたくなった。
♪♪♪♪
もう一緒に入らないからな、そう決心したはずだったのに、
「おふろ、楽しかったね」
そんなファナの満面の笑顔に、もろくも決意は揺らいだのだった。この子が笑ってくれるなら……。ヒトでなくても、小さくても、見ている者を幸せにする笑顔は変わらない。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
サービスにならなかったお風呂シーン.
次回のお風呂に期待です.
それでは次回,
『5……ぶかぶかー』
お風呂から出たものの、あれ?――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.