31……おっおばけなの!
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げ――
♪
あらゆる生き物が例外なく眠るような夜更け。山深くにある村に風が吹いて、隅っこの一軒家の窓をカタカタと揺らした。
その音に反応してか、二階のベッドの上で布団がもぞもぞと動く。
ベッドには二人の人物の姿があった。動いたのはそのうちの小さい方だ。普段は勝気そうに吊り上っている目とまゆは、眠いからだろうか少しだけ垂れている。
「……」
――懐かしい夢を見た。驚いて目を開ければ夢だったから安心したのだけれど、同時に不安というインクが心に落ちた。じんわりと不安のしみが広がっていく。
(……みんなどうしてるかなぁ。ルルにレアにマグ)
彼女――竜の少女ファナは、ある日空から墜落し、今はここ、山深くの村で過ごしている。墜落したファナを助けたのも、居場所を提供したのも隣の彼――リトだった。リトはマホウツカイ見習いで、学校の先生や何でも屋をやっている。
リトに隠れて何度か飛ぶ練習をしてみたけれど、やっぱり飛べなかった。急に飛べなくなった理由はわからないままだ。飛べないのは悲しいけれど、飛べたら飛べたで、
(……リトと、お別れ)
それはちょっとやだな、と思う。リトは助けてくれたからいっぱいお礼をしたい。
そのためにもちゃんと寝ておかないと――得意の切り替えの早さで目をつむったのだが、
「……………………り、りとぉ」
♪♪
頬をつつかれる感触でリトは目を覚ました。部屋は暗く、朝ならカーテンの隙間から日差しが見えるのだがそれもない。
「……りぃとぉ」
珍しくか細い声が耳に届いた。枕元のランプのスイッチを入れて向き直れば、今にも泣き出しそうなファナの顔があった。
「どうかしたか?」
けれどファナは答えず、さらには身体にかけている薄い布団を口元に寄せて顔を隠した。
弱り切った顔にちょっと怒ったような目。リトはそんな顔をどこかで見たような気がして、そしてすぐに思い出した。小さい頃、同じような顔を幼馴染のシエルにされたのだった。
「……俺、ちょっとトイレ行ってくる」
「っ――ま、待って」
身体を起こせば、ファナの小さな身体が腕に絡みついてきた。
「ふぁ、ふぁなもいく」
♪♪♪
部屋を出て、真っ暗な踊り場、真っ暗な階段を通る。ファナは竜だから夜目が利くはずなのだが、さっきからちょこちょこ様子を窺えば、いやいやするように目を閉じて、そしてリトの存在を確かめるようにぎゅっと腕を握ってくる。
怖い夢でも見たんだろうか。ファナくらいの(見かけの)歳であれば、不思議ではないが。
シエルといいファナといい、お化け嫌いが多いなぁと思いつつ、ファナをドアの前まで導く。
「ちゃんと見張っとくから」
「うう……中にはいないよね?」
先にファナが済ませて、それから交代。
「ちょっとだけ我慢してくれ」
「…………ご、五秒」
「無理だろ」
みたいな会話を交えて。リトがドアを閉め、すっきりしたところで、
「にゃああああああああああああああ――――」
ファナっぽい猫の叫び声が上がった。慌てず焦らず手を洗い、ズボンを確認してから出れば、お腹めがけてファナが跳んできた。ぐいぐいと小さな頭を押しつけ、両腕で腰を締めつける。
「おば、おばけなのおっ――」
♪♪♪♪
しっぽで示した先には玄関。それを見て、リトはああ、と悟った。ドア横の窓ガラスには、ちょっとした仕掛けが施してあったからだ。暗闇の中でだけ浮かび上がる特殊な塗料で、幽霊(よく見れば可愛い)が描かれているのだ。以前、秋のお祭りのときに、生徒の一人によって描かれたものだ。――マホウツカイなんだから、ゆーれい飼ってそう、と。
特に消す必要もなかったし(夜に訪ねてきたシエルが驚いて半泣きになったが)、もしかすると防犯にもなるんだろうか(辺境の地だから物騒じゃないが)と思って残しておいたのだが。
「おばけ、ねえ」
リトはふと知り合いの少女の顔を思い出し、なんとも言えない息を吐いたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
定番の夜中お手洗いのお話です.
……なんですが,ファナとリトの会話が少ない気も.
そのうち,またお手洗いに行く話になりそうです.
そのときは多分,ファアが頑張って一人で! でも……
という話になるんでしょうか.
そんな背伸びファナも見てみたいです.
それでは次回,
『32……がっこ行こ?』
ファナがいよいよリトの学校に乗り込んで――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




