3……お前じゃないのっ
♪
「落ち着いたか?」
「(こく)」
少年の家の一階。テーブルとソファ、暖炉と食器棚が置かれただけの簡素なリビング。若葉色のソファの上に少女はちょこんと腰かけていた。(本やらは慌ててどかした)
屋根上で壮絶な鳴き声を上げた彼女を連れて降り、ようやく静かになったところだ。
「目も顔も真っ赤になっちゃったな」
「(ふるふる)」
少女は首を振った。そんなことどうだっていいと言いたいようだ。竜――彼女がもしそうなら、飛べないことがどれだけ辛いか。少年はマホウが使えないマホウツカイを想像した。
少年は一度キッチンに行き、手にコップを持って戻ってきた。
「とりあえず、だ。これ飲んで元気出すことだ。落ち込んでたら前に進まないからな」
少女はすっかり元気をなくした目で少年を見上げ、おずおずとコップに手を伸ばす。両手で危なげに持って、傾ける。一口、二口……三口。
「どうだ?」
「……あまい」
当然だ。ヤマイチゴとグミから作った特製ジュース。疲れたときは甘いもの、と言う両親直伝の自家製ジュースだった。甘いだけじゃ気に入ったのかわからない、と思ったとき、
「……あまくて、とってもおいしい」
少女は顔を上げて、ちょっとだけ緊張を残した、とろけるような笑顔を浮かべた。
♪♪
「お前って……竜、なの?」
「(こくり)」
「竜って、竜の形してるのしか知らないんだけどさ。その……人型っていうの? そういうのって多いのか?」
「育ったところはみんなこんなだったよ?」
「そっか。……そうだ。空から落っこちてきたんだけど、なんかあったのか?」
少年が訊ねると、少女は困ったようにうつむいた。
「急に強い風が吹いたの。気がついたら墜っこちて」
「強い風?」
「っ、で、でもっ――よっぽどの風じゃない墜ちないもん! あの風が変だったのっ」
頬を染めて両こぶしを握って訴えてくる。背伸びしている子供そのものだった。
「……そうか。ところでお前、飛べないんだよな? どうするんだ?」
「と、飛ぶし! 飛べるもん!! 飛ぶんだからっ!!」
「それはわかってる。でも、飛べるようになるまでどれくらいかかるかわかるか?」
少女がまた顔を伏せる。じわりと、目元に涙が浮かんだ。言い過ぎたかと思った直後、少女がふるふると顔を振って、口を開いた。
「……だって」
「?」
「だって、こんなこと今まで一度だってなかった。いつもは羽広げたらすうって。びゅーんって! なのにぜんぜんわかんなくって。でも飛べるもん! 飛べるんだもん!!」
もしかしてどこか怪我したんじゃ。見た目じゃわからないけれど羽に関するどこかとか。
「だったらさ、お前、ここに住むか?」
♪♪♪
少女の背伸びが、がむしゃらに前に進もうとする様子が、かつての自分を思い起こさせた。
だから少年はかつてそうされたように、少女に一時的だとしても確かな居場所を与えたいと思ったのだった。そうして、今を、足元をしっかり見つめてから、また歩き出せばいい。
少女は困惑していた。なぜ目の前のニンゲンはそんなことを言うのかが全然まったくちっともこれっぽっちも理解できなかった。ニンゲンとリューは違う生き物だ。一緒に棲むなんてわけがわからない。わけがわからないのに、少女はうなずいていた。
「……うん」
この家の赤屋根にぶつかる寸前のことを思い出す。少年が見せた真剣で温かな眼差しが強く強く、焼きついている。
うなずいた理由があるとすれば、きっとその瞳に対する幼い感情だったのだろう。
♪♪♪♪
「そっか。じゃあ今日から家族だな。俺はリトっていうんだ。お前は?」
リトが言うと、少女はぴょこんと立ち上がる。腰に手を当て、ぷぅと頬を膨らませた。
「お前じゃないっ。ファナはファナ!!」
そして、リトとファナの不思議な同居生活が幕を開けた。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
1話完結なのでどの話から読んでもらっても問題ないはずです.
新しい話からさかのぼるのも面白いかもしれません.
というわけで3話目にして2人の名前が出てきました.
年齢が出てませんが,少年は高校生くらいだと思います.
女の子は見た目ほど若くはないですが,少年よりは若いはずです.
この辺りはそのうち出てくるかと…….
それでは次回,
『4……小さくても確かな』
お風呂で――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.