135……みんなだから
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、年齢不詳の幼い村長さん。たくさんの人と触れあって。
初めての夏。村のお祭りがすぐそこに迫っていた――。
♪
年に一度のお祭り。村にとっては豊穣祈願、安全祈願のお祭りだけど、子供たちにとっては楽しいお祭りに違いない。
それが明日に迫った今日、商店街と広場は準備に追われていた。商店街では、それぞれのお店が競い合うようにして飾りつける。今年のお祭りのテーマである竜の飾りだ。
一方の広場は、学校の倉庫にしまっていた木製の舞台と長いすを並べる作業。
トンテンカン、金づちの音が村に響く。
それはお祭りの足音に似ていた。
♪♪
トンテンカン、聞こえてくるその音に、赤毛の少女はしっぽをぱたぱた揺らしていた。
竜の女の子である彼女、けれど鼻歌交じりにしっぽを揺らす姿は、やはりわんこのようで。
「ファナ、他の人にしっぽぶつけたらだめよ」
注意するのは、同じく十代ちょっとの女の子だ。
「イオだって、しっぽが楽しそうなの」
ファナが指摘したのは、揺れる黒いツインテイルだった。風ではなくて、イオが金づちの音に合わせて、身体を揺らしていたのだった。
「か、髪は当たってもけがしないしっ」
「ファナのしっぽもいたくないの! 前に虫つぶしちゃったけど……」
寝る前にトイレに行ったときに、洗面所で黒い虫を見かけて、思わずしっぽで叩いてしまったことを思い出して、ファナがぶるりと震えた。
「ファナちゃん、イオちゃん、おしゃべりばっかりしてたらだめだよ」
こちらも同い年の少女で、ノエルという。藍色の長い髪がきれいな子だ。
三人は今、広場で、長いすの足を出して等間隔に並べるお手伝いの最中だった。学校からは大人たちが運んできて、あまり力のいらない作業を、ここで子供たちが担っている。
村のお祭りは、村のみんなで準備をする――それが決まりだった。
見回せば村のみんながいる。舞台を作り、イスを運び、イスを並べ、広場の隅では雑草を刈り取り。みんなが明日のために思いをひとつにしていた。
「どしたのファナ?」
「うん?」
「なんだかうれしそう」
「えへへ、だってお祭りなの」
「お祭りは明日でしょ?」
「知ってるの。でも、みんなで準備するのも楽しいの」
満面の笑みで返すファナに、イオたちもつられて表情を崩す。
♪♪♪
お祭りの準備の手伝いなんて、ただただ面倒だ――イオはいつも思っていた。
それなら、ノエルといっしょに丘に行っておしゃべりするとか、家でおやつを食べながらおしゃべりするとか、そっちの方が楽しい。
そりゃ、お祭りは楽しいし、その準備も必要なことだっていうのはわかっている。
だけど、そう、気が乗らない――。
今日だって、義務みたいに連れ出されて、こうして手伝いをして。明日楽しませてもらう分くらいは手伝うけど……そんなことを思っていた。
なのに、目の前のファナは、とても楽しそうで。まるで、今がお祭りの真っ最中みたいに。
「知ってるの。でも、みんなで準備するのも楽しいの」
ふと思った。もしかしたら、この準備も含めてお祭りなんじゃないかって。
「イオちゃん、楽しそう」
ノエルが口に手を当てて目を細める。その指摘は当たっているけれど、素直に認めるのはしゃくで。それじゃ、ファナに言い負かされたみたいじゃないの。
「べ、べつに。やるなら楽しんだ方がいい、そういうことでしょっ」
考え方をちょっと変えるだけ。それだけで、ただ面倒だったお手伝いが、おしゃべりや遊びみたいに楽しい時間に変わる。そんなことに、今まで気づいていなかった。
……ほんと、変わった子。
ファナのしっぽがまた揺れている。
「ほーら、早く終わらせちゃうわよ」
♪♪♪♪
準備はおやつの時間には完了した。差し入れだと配ってもらったラムネを飲むと、なんだかもうお祭りみたいで。
「こうやってみんなで準備するの、楽しいの」
ファナの言葉に、イオは自然と「そうね」と答えていた。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
学校の文化祭とか地元の夏祭りとか,みんなで準備するのは楽しいですよね.
むしろ準備期間の方が楽しいじゃないかというくらいに.
それでは次回,
『136……眠れないのっ』
寝なさい――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.