133……小さな贈り物
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、年齢不詳の幼い村長さん。たくさんの人と触れあって。
初めての夏。村のお祭りがすぐそこに迫っていた――。
♪
ハテノキ――その樹の正確な高さは村人の誰も知らない。村ができる以前からこの山頂にそびえていた。そこにやってきた人々が、ハテノキを見て村を築いたという。
その木の名を借り、ここはハテノキ村と呼ばれていた。
その村はずれの丘の上、ハテノキは今日もこもれびを落としている。普段、その恩恵を与るのは小鳥や小動物、村の人々だ。夏も涼しいその草の上に腰を下ろして村を眺める、そんな静かな時間が流れるのだが、今日は少しばかり様子が違った。
♪♪
「村長、この辺りで良かったですか?」
「うむ。ああ、もう少し左、そう、そこじゃ」
村の大人が数人集まり、ハテノキの周囲に奉納品を置く神具机を初めとした祭具を並べていく。もうすぐ村のお祭りが開かれる。一年の安全と豊穣を記念するお祭りだ。
「これがハテノキさんのお祭りの準備?」
少し離れたところに立っていた赤毛の少女が、傍らの少年を見上げる。
「ああ。農作物とか食べ物、お菓子を奉納するんだ。あの大きな机がそれらを置くやつだな。あとは、農作業の道具とか」
豊穣祈念ということで、クワやジョウロなども並べるが、それらは実用に耐えるようなものではなくて、豊穣っぽいからという理由で並べるのだと村長は言っていた。どこまで冗談なのかはさておき、向きや配置を細かく指示、調整する姿はさすがと言っていいだろう。
「邪魔しちゃわるいからもう少し離れてような」
「わかったの!」
ファナは赤毛を揺らし、少し離れたシロツメの花畑にぺたんと座った。目を凝らして花を見比べ、何本かを抜くと、手元で何やら作り始めた。
そんな様子を人知れず眺める白い影があった――。
♪♪♪
お祭りの準備ということで、ハテノキの周りが賑やかになった。
子供たちが遊びまわるのとはまた違った賑やかさだ。
僕がもっと若ければ、近づく祭りの足音、羽音にわくわくしていただろうけれど、長い時間を生きたからか、どうにも感覚が鈍くなったらしい。『年寄りの証じゃ。そんなことでは、心まで歳をとってもしまうぞ』とレイミに言われたけれど、まったくその通りだ。
そんなことを思っていたら、レイミが丘にやってきた。準備の細かい指示のためらしい。驚いたことに、ファナもいっしょだ。
ファナはしばらく準備を眺めていたけれど、今はシロツメの花畑でなにかをしていた。
隣に行って手元を覗くと、花で輪っかを作ろうとしていた。首飾りとか王冠とかのようだ。村の子、特に女の子たちはよく作って遊んでいるけれど、ファナは得意じゃないように見える。
「……」
と、ファナが僕――に視線を向けた、ような気がした。
けれど、なにも言わず、花飾りづくりに戻る。
ハテノキの精霊――僕のことをかつてそう指摘した人がいた。精霊だから、限られたごく一部の人にしか見えない。それは経験上わかっている。そして、ファナは、見えてはいないけれど存在は感じる――ようだ。さすがは竜と言ったところだろう。
「ファナ、いつかお話ができるといいね」
ふとこぼれたのは僕の本心か。
小さく息をついて、ハテノキの方に戻る。気になることがあったら、レイミを通して直してもらわなくちゃね。
♪♪♪♪
「レイミちゃん」
ひと通りの準備が終わり、大人たちが箱を手に丘を下って行ったところで、ファナがレイミを呼んだ。
「これ、ハテノキさんにあげたいの」
右手を前に差し出す。載っていたのは、手のひらくらいの小さな輪っか。シロツメの花が三重に並んだブレスレットだった。
「ハテノキさんも、お祭りだからおしゃれしたいんじゃないかなって」
「……そうじゃな。うむ、あやつもきっと喜ぶじゃろう」
レイミが微笑み、そのブレスレットを神具机の真ん中に置いた。
「それからね、これはレイミちゃんの分」
ファナが左手を差し出すと同じものがもうひとつ。そして、ファナの左手首にも、シロツメの花が咲き誇っていた。
「みんなで、おそろいなのっ」
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
樹の精霊が好きなんです.
それでは次回,
『134……トリの手』
似た者同士、仲良くしてほしいな――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.