14……お迎え
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お昼どき。リトは仕事の一つである学校の先生を終え、村の喫茶店に来ていた。喫茶〝トマリギ〟。カウンターに座ったリトの前に、代々受け継がれているコーヒーが差し出された。
「マスター、俺まだ注文してないんですけど」
現在十七歳のリトは一応大人の仲間入りを果たしている。この村では十六から働き始める。けれど、飲酒ができるようになる十八まではどうしても子供扱いされる傾向にあった。
「いつもの、だろう?」
二児の父親であるマスターは、まだまだ若い顔に温和な笑みを浮かべた。青二才と見なされる年齢であるリトは、こんな風に大人たちのだしにされることが少なくない。
「常連っぽくいつもの、って言いたい俺の気持ちは?」
「それはわるいことをしたかな。いつも入ってくるときに疲れた声で言うもんだから、てっきり『早く注文を覚えてくれ』って催促かと思っていたんだよ」
「や、疲れてるのはあいつらが遠慮しないからです。チャイム鳴って昼休みだっていうのに俺の周りにたかるんだもん」
リトは学校で、十五歳までの子供たちにマホウについて教えている。マホウの使い方ではなくて、マホウとはなにか、その歴史、マホウツカイと人との関わりや、歴史などだ。
子供にとってマホウはわくわくする不思議なものであるからだろう、リトの授業は人気が高い。そのため、今では週に三回、学校に出向いている。そして授業の時間が終わるたびに、もっと話をしてとせがむ子供の波をかき分けて、学校から逃げてくるのだった。
「好かれてるねえ」
「マスターのお子さんくらいの歳の子には嫌われてるんですけどね。顔見たら逃げてきます」
「目つきがわるいからじゃないかな」
リトはコーヒーを口に運んだ。ほろ苦さに顔をしかめる。
「なんか、『悪いことすると、村はずれのマホウツカイに食べられちゃうぞ』とかいうのが流行ってるって聞いたんですけど?」
「さて、なんのことだろうね」
肩をすくめたマスターにため息を変えそうとしたタイミングで、――カランとドアが鳴った。
♪♪
「いらっしゃい」
マスターの声が響く。リトは反射的に入口を見て、そして盛大に顔をしかめた。
少女だった。十を過ぎたくらいの小柄。赤い髪と、薄桃色のワンピース。加えて、背中には薄緑色の翼があった。勝気そうな釣りがちの目、夜空みたいな黒い瞳をまっすぐ向けている。
「さて……」
リトはため息交じりにつぶやき、
「リトっ」
自分を呼んだ少女――ファナの嬉しそうな声に、手をひらひら振って応えた。
♪♪♪
「ジュース飲んでる!」
「ほれ」
どうせ村の人たちには紹介するつもりだったし、それが早まる可能性も予想していたから、リトは焦りはしなかった。隣に腰を下ろしたファナにカップを差し出す。
「いただきます。…………………………うぇ、にがい」
「そ。大人のコーヒーは口に合わないか」
言外に子供と言われたファナはむっと頬を膨らませた。もう一度挑戦しようと顔を近づけたが、独特のにおいが鼻をいじめたらしく、すぐに顔を引いた。
「こ、子供でいいし」
「……。マスター、山ブドウジュースで」
やがて出てきたグラスを両手で持ち、だましてないよね? と慎重に匂いをかぐ。こくりと飲み、ぱっと浮かんだ明るい笑顔に、リトは仕事の疲れを一時的に忘れることができた。
♪♪♪♪
「で、いい子に留守番できなかった理由は?」
「マホウツカイのおじちゃんが来て、リトはとまりぎにいるから迎えに行ったらどうだ、って」
「マホウツカイの? ああ、クガさんか」
大工の顔を思い浮かべて、リトは苦笑した。そんな彼をファナがじぃと見ていた。
「ん?」
「えへへ、おかえり、リト」
その言葉に、気早くないか? と思ったリトは、けれど、
「ただいま、だ。ファナ」
笑って答えて、ファナのさみしそうな右手に向けて、自身の左手を差し出した。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
じっとしてるわけなかった.
竜というか犬っぽい感じだけど,ファナらしくていいなと思いつつ.
リトも相変わらず,ファナの前では大人ぶってます.
父親なのか兄なのかそれとも…….
少しずつ書いていければいいなと思っています.
それでは次回,
『15……買いものにいこう』
ファナの服、リトが決めていいよ!――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.