125……幼馴染
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、年齢不詳の幼い村長さん。たくさんの人と触れあって。
訪れた夏は新しい波乱も連れてきた――
♪
準備がすべて終わり、シエルはリトと帰路についていた。そろそろ正午、日差しは強いが、シエルが手にしたラムネがカラカラと音を立てるのが涼しげだった。当たりだ、と村長さんがくれたものだ。村のお店で新しいラムネがもらえるから、妹のノエルにあげることにした。
「リト……その、ごめんなさい」
「? どうしたんだ、急に」
「わたし、勝手に機嫌わるくしてて、リト、楽しくなかったよね。だから、ごめんなさい」
「いや、そういうときもあるだろ」
「でも、自分勝手だったし……」
「なら、後学のために何で機嫌わるくなったか訊いてもいいか?」
すると、シエルは頬を赤くして、口ごもった。リトが首を傾げれば、
「そ、そういうところっ」
シエルはぷいと顔をそらした。
♪♪
「……。……妬いてたの」
「やいてた?」
「そ、やきもち。リトが手伝いに来てくれるって言ってたから、そしたらふたりきりだなって思って、でも来なくて、……教室戻ったら村長さんとふたりで楽しそうにしてるし」
シエル側の準備は要領よくやれば教室と同じくらいの時間で終わるし、実際、リトが手伝うまでもなく終わった。それでもよかった。ただ、「どんな感じだ?」「ちょうど終わったわよ」「じゃ、戻るか」「うん」という短い会話がしたかったのだ。色気もなにもない会話だが、ちょっとの時間でも、ふたりきりになれる。夏休み、せっかく一緒に学校に来たのだから、少しでいいから一緒の時間がほしかった。
わがままだとはわかっていた。そんな自分がやになったのだ。その上、勝手に期待しておいて、そうならなかったのをリトのせいにしようとする自分がいて、さらに不機嫌になる。
「ちょっと、川でも眺めるか?」
「え?」
「あ、いや、ほら、学校帰りに川原に座って話したことあっただろ。あんな感じで」
「……」
「……お、怒ってる?」
「ちがう」
そういうところ! 自分がねだったみたいじゃない――シエルは心の中で声を上げた。
♪♪♪
川原の原っぱに腰を下ろす。学校帰りにこうして話をしたのは、一年前だったか。
……そういうの、ちゃんと覚えてるんだから。
鈍感なくせに、ちょっとしたことを覚えている。忘れてほしいことも。
「卒業して半年か、あっという間だな」
「うん。ファナちゃんが来て二か月よ。あっという間ね」
「ほんとだよ。毎日振り回されてさ」
ファナちゃんが来てから、リトは明るくなった。なんだろう、毎日が楽しそうだ。
「リト、変わったね。昔は大変なときは冷めた目してたのに、今は楽しそうな目してる」
「ファナの相手は人と関わるっていう意味で疲れはするけど、うん、楽しいな」
笑うリト。……胸がちくりとした。
「……。ファナちゃんはすごいよ……わたしじゃ、リトをそんな風にはできない」
「……そうだな」
リトがうなずく。そこはうなずくところじゃないでしょ。
「でも……確かにファナといると楽しいけど。シエルといると、その……安心する」
はっと顔を上げると、リトは視線を逃がした。あっち向くから、表情が見えない。
リトはいじわるだ。そういう不意打ちはほんとにひきょうだ。
♪♪♪♪
「リト」
左肩をぽんぽんと叩かれた。あれだ。振り向けば指でほっぺたをぷにっとされるやつ。
「なんだよシエ――」
ちゅ。
「ル……」
指じゃ、なかった。
「……お、お昼だから帰るわっ、じゃ、じゃあねリトっ」
スカートをぱっぱとはらって、駆けていく。カラカラと、ラムネの瓶が音を立てた。
夏を彩るセミの声が、とてもとても遠く感じた。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
妬く女の子と無意識になだめてしまう男の子.
どっちもめんどうな性格で,でもそんなふたりだから釣り合っている……かもしれない.
お互いのそんな性格を把握した上での幼馴染のつきあい――うらやましい限りです.
それでは次回,
『126……親子』
血はつながっていなくとも妾たちは家族で親子じゃろう――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.