119……ごほうび?
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。
そうして、初めての夏がやってきて――
♪
「……でね、背が伸びてたの!」
夕食時。保護者たる少年のリトの向かいで、赤毛の少女は口元にケチャップをつけたまま、今日一日のことを話し終えた。学校で実施される年に一回の健康診断の日だった。少女――ファナは、この村に来てやっと数か月。健康診断は初めてだった。
「ちょーしんき? 当てられて……そのあとにね……うう」
ぎゅっと目をつぶると、目の端に涙が小さく浮かんだ。
「注射されたの……聞いてなかった」
「頑張ったんだな。えらいぞ」
「えらい? ほんとっ?」
リトの言葉に、ファナの顔がぱっと明るくなる。とん、とイスから降りて、リトの隣へ。竜の証であるはずの深緑色のしっぽを、犬のようにぱたぱたさせる。
「そうだな。ご飯中に歩き回るのはよくないけど。あと、ケチャップも拭けてたらもっとえらかったかな」
ふきんでファナの口元をぬぐい、それから赤いくせっ毛をなでなでする。
「えへへ……がんばったの」
ファナは十歳ちょっとの年相応のあどけない笑顔でリトの手を受け入れた。
♪♪
「……で、どうして服を脱ごうとしてるんだ?」
「ふえ? だって、おふろ入るし。おふろ入るんなら、服、ぬぐよね……?」
「でも、今は俺が風呂に入る番だろ?」
「ファナの番でもあるの!」
リトは十五で、ファナは十歳。この家で暮らす二人きりの家族であり、兄妹みたいなものだから、一緒に入ることはどうってことはないのだが、ファナを甘やかしすぎるのもよくないという教育方針から、普段は別々にしている。
「せんせーがね、洗うときに注射したところこすったらだめだよって。ファナ、自信ないの」
……だめ? と、ワンピースの裾をぎゅっと握って見上げる。
「明日はちゃんとひとりで入れよ」
「……ぜ、ぜんしょするの」
「……調子のいい言葉を覚えてくれるな。がんばるって言ってくれ」
とは言うものの、一緒に入るなら入るできれいに洗いたくなるのが世話焼きリトで。
「ほら、流すぞ。目、とじろ」
「ふあ、ま、まっって、まだつぶってないのっ」
結局、髪から背中から全部洗う。
「えへへ、ありがと、リトっ。交代なのっ」
ふにふにと小さな手で髪を洗われて、ごしごしーと口にしながら背中を洗われ。言葉いらずの温かさに、お湯以上のぬくもりを感じたことは、リトはもちろん口にはしなくて。
♪♪♪
「ぽかぽかなのー♪」
と、ほかほか寝間着姿のファナは、リトのベッドにまで潜り込んだ。枕をセットし、右腕にぴったり抱き着いているあたり、離れる気は少しもなさそうだ。
「っ、リトたいへんなのっ」
「どうした?」
「注射したの左だったから、左手が下になったらよくないの!」
と、一旦離れ、枕を持って左側に回り込む。先ほどと同じようにぴったりとくっつく。
部屋はすでにまっくらなのだが、竜の子供だからか、見えているかのように動く。リトもそんなファナの動きにはなれっこだが、それでもぶつかったりしないか内心はらはらしていた。
「せっかくリトにくっついてるのに、寝ちゃうともったいないの」
「あのな……明日はノエルと川遊びに行くんだろ? 早く寝ろ」
「むぅ……」
そんなファナに、リトは右手を伸ばして頭をぽんぽんとなでる。
少ししたらしずかな寝息が聞こえ始めた。気持ちよさそうに眠るファナが、暗闇に慣れて見えてくる。安心しきった笑顔は、睡魔を誘うやわらかなもので………………。
♪♪♪♪
――ダン…………物音で目が覚める。ファナがベッドから落ちた音だった。夏。くっついて寝るには暑い夜。ファナはいつの間にかリトの腕を離れ、ころころと冷たさを求めて転がり、そして落ちた。
リトは起きる気配のない小さな子供をベッドの真ん中に戻し、そっとタイルケットをかける。
……りとぉ、小さな寝言に、リトはおやすみ、とまた小さくつぶやいた。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
ファナ甘やかし回です.
本来の『どら×ひび』らしい話ですね.
父娘や兄妹から進展したような進展ないような,相変わらずの二人です.
とはいいつつ,そろそろお祭りの時期.
お祭りが終わればあっという間に秋が来て…….
それでは次回,
『120……虹の橋』
虹に乗れたらどこへだって行けるの!――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




