115……風の音色
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。
そうして、初めての夏がやってきて――
♪
「風に耳を澄ませるのじゃ。見えない風は感じるしかない。目を閉じ、肌で感じ、耳で聴く。身体を空気に溶かし、風に包まれよ。空駆ける鳥のように、宙を舞う綿毛のように。風と一体になり、そなた自身も風になれ! なのじゃー」
と、最後はどこか投げやりな感じで、教壇に立った少年が言葉を閉じた。
十代半ば、とび色の髪をした少年は、こう見えて学校の先生だ。上級生と下級生のように見えるそんな光景は、十五で職に就くこの村では珍しくはない。保育園の先生もいるし、大工見習もいればお店屋さんもいる。
教室には子供が十人足らず。全開にした窓からは風ではなく、セミの声ばかりが入ってくる。
――夏真っ盛りの昼下がり。
今日は学校の教室で楽しい工作の日だ。
学校は夏休み。工作だとか読み聴かせだとか、空いた教室では様々な催しが開かれる。
それを取り仕切り実施するのは、この学校の校長であり管理人であり、村長でもある少女なのだが、その彼女はベッドの中。子供たちの笑顔を想像しながら夏風邪の療養中だった。
「ということで、みんなが好きなように塗ってくれたらいい。乾くまで少し時間がかかるから、濡れたと思ってもすぐに触らないようにな」
「リト、レイミちゃんの口真似しないとだめなの」
「なのじゃーなのじゃー。気をつけるんじゃぞー」
講師代理を任されたリトは、今朝、村長から託された手書きの原稿(語尾、イラストつき)をポケットにしまう。
誰かのくしゃみが聞こえた気がするが、きっと聞き間違いだろう。
♪♪
子供たちの目の前、机の上には透明な半円形の器があった。一般的な器と違うところは、器の底に木の葉みたいなガラス細工がついている点だ。
夏の風物詩。
机の上には、みんな絵具を広げている。すでに色を作っている子もいれば、目をつぶってイメージを固めている子もいる。
聞くところによると、この子供たちの祖父母の世代にはすでに行われていたらしい。だから、この村のすべての家に、手塗りの風鈴があると言っても間違いではないのだとか。
『由緒正しい伝統行事じゃからしっかり頼くちゅんっ……』
元となる風鈴自体も同じ工房から変わらず仕入れているという。ガラス細工で有名な街の隅っこにある小さな工房らしい。職人の手作りの細工は、その温かみからか昔から根強く店を構え続けているのだとか。
ものは手作り、色は子供たちが。できあがった風鈴は世界にひとつだけ、音色も異なるそれらは、村の中で耳を済ませれば音楽のように聞こえる。
この村の夏の風物詩のひとつだった。
♪♪♪
「リト、みてみて!」
塗りたての風鈴を手に駆け寄ってくるのは、赤毛の十歳くらいの少女――ファナ。
右手をいっぱいに挙げて風鈴を見せてくるから、リトはわずかにかがんで目線を合わせた。ファナが上部の吊りひもを持って、くるくるとごきげんに回してみせる。
「花と……羽か」
花の両側に羽の絵。羽の生えた花? それが四つある。赤い花と緑の羽、黒い花と紺色の羽、黄色の花と黒い羽、そして、赤と黒の花に、赤い羽。
羽と花。それらが意味するものは――少し考えると、ファナが前に教えてくれたことが思い起こされた。
『えへへ、ファナっていうのは、お花の名前なの。火山のところに咲いてる小さい花で、お星さまみたいな形なの。花弁が白かったり桃色だったり赤色だったりして』
四つのうちのひとつはファナを表しているらしい。なら、あとの三つ――いや、三人は……。
♪♪♪♪
ファナは自分の席で塗りたての風鈴をかざしてみた。
レア、マグ、ルル、ファナ。昔、お姉ちゃんがどこからから風鈴を手に入れてきたことを思い出した。学校の教室に飾られ、夏は涼しげに風の音を伝えてくれた。
この風鈴もみんなに見せたい。きっとみんな驚いて、それから喜ぶに違いない。
リトは――どう思うだろう。ファナとリトじゃなくて、昔のファナを描いて、そんなファナはいやじゃないだろうか。
―でも、勇気を出して、見せてみた。やっぱりファナはうそをつけないから。
「リト、みてみて!」
「花と羽か。………………うん、ファナらしくて……俺は好きだな」
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
半年ほど空いてしまい,季節はいつのまにか冬,そして春に.
秋までに秋のお話にたどり着けるのでしょうか…….
辛抱強く待っていてくださった方,ありがとうございます.
初めての方も,気に入っていただけたら,目次で気になったものだけでも読んで下さると幸いです.
夏の風物詩,風鈴のお話でした.
目に見えない風を耳で聴こうという発想がすごいと思います.
あの音を聞くだけで涼しく感じるのは,日本人だから?
きっとそうではないはずです.リトやファナのように感じる人もいるのでしょう.
それでは次回,
『116……村の音色』
そんな昔のことなどとうの昔に忘れたわ――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




