12……がっこ?
♪
例えば空から竜の女の子が降ってきたとして。
一緒にご飯を食べ、お風呂に入り、ベッドで寝る。朝はおはよう、夜はおやすみ。そんな風に、一人暮らしの日常生活が大きく変わったとして。
なら、それまでの暮らしの全部が変わるかと言えば――答えは否だ。
♪♪
「がっこ? 食べ物?」
お決まりの質問を投げかけてきたファナの頭をこつんとつつく。
「学校だ、学校。お前みたいな子供が勉強するところ」
「勉強つまんないよ? それにお前じゃなくてファナだもん」
「つまんなくてもしないと大変だろ? 自分が勉強してなかったら、子供になんて言うんだ?」
「一緒に遊ぶ! ……とか」
……ファナなら言いかねない。容易に想像できた。子供と遊ぶと見せかけて、子供に遊び相手になってもらってる、そんな絵柄だ。そばで見守るタイプより、よっぽどファナっぽい。
「でも、でもでも勉強も大事なの知ってるよ? ファナも、ヒトのこといっぱい勉強したもん」
「ほう。例えば?」
「きょーしつに閉じ込められて、てすとっていう世にもおぞましいものを受けるんでしょ?」
こいつ絶対わかってないだろ(こいつじゃなくてファナだもん)、とつっこみたくなった。
「ま、そういうところだ。で、俺はお昼過ぎまで学校があるからファナは留守番な」
「えー、一緒に行く」
「行くと勉強しないとだめだぞ?」
するとファナは、途端に顔を暗くして、「うー……」と唸り始めた。
「というより、ファナを村のみんなに紹介してない段階で連れて行くのはちょっとな」
「……ん? あ、そうだよね。いつまでも家にいるわけにはいかないんだよね」
明日の朝にでも村長のところに挨拶に行こうと思っていた。いつまでも隠しておくことはできないし、それならさっさと伺うべきだろう。
「で、ファナには留守番を頼みたい。お昼はちょっと遅くなるかもしれないけど、パンでも買ってくるから待っててくれるか? 冷蔵庫の野菜食べてもいいけど」
そう言うと、ファナはちょっと怒ったように頬を膨らませた。
「ふぁ、ファナ、リトが帰ってくるまで待てるもん。犬と一緒にしないでよっ」
犬は冷蔵庫漁らないと思うけれど。
「わかった。できるだけ早く帰ってくるからな。大人しく待っててくれ」
「大人しいし。ファナ、ふつーに大人しいもん」
と、ファナによって今朝開けられたばかりの屋根の大穴を棚に上げて、ファナはふんと胸を張った。「頼むぞ」とリトは小さく息をつく。
♪♪♪
「それじゃ行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
「……」
「? 行かないの? やっぱりおるすばん?」
「……あ、いや。行ってきます」
うん、行ってらっしゃいっ――満面の笑みに送られて、リトは村の学校へと歩き始めた。
♪♪♪♪
「行ってきます、か」
そんな言葉、あの家で最後に聞いたのはいつだったろうか。おはようもおやすみも同じだ。昨日から何度も交わしたが、隣にファナがいなくなってようやく意識された。
ちらと振り返ると、ファナはまだ家の前にいた。ふと気になって、道が曲がった先で立ち止まり、木の幹に隠れて様子を窺う。
視線の先、ファナはまだこっちを見ていた。リトが道の先に消えたのを見てだろう、
――一歩踏み出した。リトの背中を追いかけるように。
けれど、二歩目はなかった。立ち止まり、首をふるふる、しっぽをゆらゆら振って、くるりと背を向けた。自分でドアを開けて家の中に入っていった。
――大丈夫そうだな。
「あれ? なにしてるの? かくれんぼ?」
突然背中に掛けられた声にリトは飛び上がった。振り返ると、ファナと同じくらいの歳の女の子が首を傾げていた。肩ほどまで伸ばした藍色の髪がさらりと揺れる。
「おはよ、ノエル」
なんでもないと首を振って挨拶すると、ノエルは不思議そうに瞬きをしてから、目を細めた。
「えへへ、おはよ、先生」
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
ファナも学校で勉強するようになりますフラグにしか見えない.
多分それでいいんだと思います.
それでは次回,
『13……おるすばん』
お留守番ミッションを達成できるのか――というお話です.
よろしくお願いします.
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今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.