110……花の咲く日
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。
そうして、初めての夏がやってきて――
♪
『リトっ、おはようなのっ。お水あげてくるねっ!』
『おう、気をつけてな。玄関で転ぶなよ』
『むぅ、転ばないし。子供じゃないのっ』
朝――朝食を作るリトに向かって、赤毛の十歳くらいの少女が頬を膨らませた。今日は若葉色のワンピース姿。跳ねるように廊下の方に駆ける後姿は、見ている方も元気にさせる。
ふわふわゆれる服の裾と、ぴこぴこ跳ねる深緑色の竜のしっぽを見送ったのもつかの間、
――ゴン
『ふみゃあっ!?』
♪♪
『おっみずー、おっみずー』
朝の水やりは彼女――ファナの仕事だ。
玄関横、窓の下に植えた花と、裏庭に植えたミニトマト。夏の初めに植えたばかりだが、日差しを浴びてすくすくと育っている。
ファナの予想では、玄関の方はそろそろ花が咲いてもいい頃合いだ。
村の村長さんからもらったその花は、どんな色なのかまだわからない。淡い緑のつぼみからは、大きさはなんとなくわかったけれど、色と形は予想できなかった。
『いくのっ』
ドアをばんと開け放てば、早朝の柔らかな日差しが舞い下りてきた。ぽかぽかといい天気。こんな日はきっと良いことがあるに違いない。
そして左手、昨日はつぼみだったそれらを見れば、
『っ――リトっ、リトリトっ』
慌てて家の中に戻ってリトを呼ぶ。ちょとだけ待ってくれと返事があり、待つ間もしっぽは落ち着かない。
『どうした、ファナファナ』
『ファナファナじゃなくてファナ――じゃないの! こっちも大切なのっ』
はやくはやくと手としっぽを動かすファナに、リトはあくまでゆっくりとついていく。
『じゃーん、なのっ』
ファナが示した先、窓の下には、
♪♪♪
その花は虹色をしていた。
一見すると淡い桃色なのだが、少し角度を変えると水色で、さらに視点を変えれば黄色や白にも見える。見る角度によって、同じ花が様々に色を変えるのだった。
『とってもにぎやかで楽しいの♪』
だから、十個ほどのつぼみが一斉に花開いた今、その全体を眺めると、あるものは桃色、あるものは水色、またあるものは黄色と虹のようにいろとりどりだ。お菓子屋さんにあるキャンディーの瓶のように、雑貨屋さんにあるビー玉の詰め合わせのように。
『すごいな。ファナ風に言うなら、朝露色か?』
『あさつゆ……あ、お日様の当たり方できらきらいろんな色になるから?』
リトってば詩人さんなの、ファナは目を細める。でも、でもね、と。
『ファナだったらこれは――――あれなの』
『あれ?』
『こっちから見たらこの色で、ちょっと離れたら別の色で。でもね、近くによってまっすぐにみたら、その花その花でちゃんと自分の色を持ってるの。だから、』
これはね、
『自分色、なの』
♪♪♪♪
「色、なの…………。………………ん、……あれ?」
ぼうっとする頭と視界。さっきまでの虹色のお花はどこに?
ぱちぱちとまばたきをして、身体を起こす。そうしたら、自分が寝間着姿でいることに気がついた。開いたカーテンの間からは、薄らんだ朝の空が見える。
「……あさ?」
ということは、今まで見ていたあれは…………ゆめ?
「ゆめかぁ。もう、びっくりしたの」
だって、そうだ。まだつぼみもついていないのだから。でも、
「いいの。ゆっくりまっすぐにおっきくなればいいの」
ファナは鏡に映った自分をじっと見つめて、それからベッドをぴょんと飛び降りる。
今日も一日、がんばるの!
「――リトっ、おはようなのっ。お水あげてくるねっ!」
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
夢オチ.
夢オチには,夢でよかったというのと夢だったのかというのの2種類あると思います.
今回は元気になれる後者を選んでみました.
実際に花が咲くのはもう少し先です.その頃には,夏の一大イベントも控えているはず.
いつもお読みくださっている皆様,ありがとうございます.
ブックマークがはげみになっております.
今後とも二人をよろしくお願いします.
それでは次回,
10話毎に挟まる番外編(過去編)です.
『どら×どら9……起きて?』
またお布団けっ飛ばして……もう――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




