108……夜のがっこ
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。
そうして、初めての夏がやってきて――
♪
「うう……暗いの。まっくらなの」
「夜だからな。暗いのは当たり前だ。ほら、はぐれるぞ」
「っ――だ、だめなのっ。はぐれたらおうちに帰れないのっ」
差し出された腕に身体ごと抱きつくのは、十歳ほどの小柄な少女だった。性格を現したような赤いくせっ毛も、ぴこぴこ動く薄緑色の羽もしっぽも今はすっかりおとなしい。
腕にかすかにやわらかいものが当たっているような気がしなくもないところが、少女の幼さを象徴しているようで、リトは改めて気を引き締めた。
(夜の学校は好きじゃない)
十五歳――この村では大人として扱われ、仕事を持つようになる年齢だ。けれど、年齢は年齢で。怖いものは怖い。リトはこの小さな村の学校で先生をしている。これまで何度も帰宅が遅くなったことはあり、特に危険なものの存在を感じたことはなかったがそれでもだ。
今回も大丈夫なことをひたすらに祈った。
♪♪
――かた
「ふみゅあっ、りとぉっ」
「そんなに怖いんなら留守番しててよかったのに」
「お留守番もこわいの! 夜に一人はだめなのっ!!」
くるんと丸まったしっぽ。それは彼女、ファナが竜の証であるのだが。
(竜だからマホウの気配に敏感で怖いのか、それとも単に怖いのか)
前者なら話を聞いてみたいなと思ったが、この村に限っていえば心配は全くないはずだ。
なぜなら、この村の村長であり、校長でもあるあの年齢不詳正体不明の金髪少女が、村人に危害を及ぼす危険を放っておくなんてありえないから。
だから、村が寝静まった時間に学校に忘れ物を取りに来ても問題ないと思ったのだが――。
――ぽろん……ぽろろん
「ふみゅあっ、りとぉっ。ピアノがっぴあのがなってるのおっ」
「お、おう。だいじょうぶだ。ピアノは普通は音が鳴るもんだからな。壊れてないぞ!」
(危険はない。でも、危険はない霊を放置している可能性は非常に高い。やりかねない)
にんまりと笑う金髪が美しい少女を思い浮かべて、リトは冷たい汗を感じた。
♪♪♪
「あ、あったの。ファナのノート」
机から取り出したのは、赤いノートだ。家で育てている花の成長日記で、毎朝欠かさずにつけている。学校でノエルに見せた後、机の中に忘れてしまったのだった。毎晩、枕元に置いて眠るファナが、カバンに入っていないことに気づいたのが布団に入る前だった。
顔をぱっと明るくさせたファナが、リトの腕ごとノートを抱く。
「よし、帰ろう」
あとはここを出れば――そう思ったそのとき、
パチ、と教室の明かりが点いて、二人は跳び上がった。
「なんじゃ、リトとファナか。こんな時間に学校に忍び込むとはのう。出口まで明るくしておいたから、早く帰って歯みがいて寝るんじゃよ」
「レイミちゃんなのっ♪」
ファナがぱたぱたと明るい廊下に出た。
「……あれ?」
けれど、村長兼校長である彼女の姿はどこにもなくて。
「ほら、帰るぞファナ」
♪♪♪♪
「なんじゃ、リトとファナか。こんな時間に出歩くのは関心せんのう」
帰り道。広場で村長レイミに遭遇した。彼女は夜の見回り中らしい。
「レイミちゃん歩くの速いの。リューみたいに飛んだの?」
「村長、さっきは明かりありがとうございました」
リトとファナがぺこりと頭を下げると、レイミはけれど怪訝な顔をして、
「……なんの話じゃ?」
「……」「……」
「だって、さっき学校で声掛けてきましたよね? 明かり、出口まで点けてくれましたよね?」
「……ふむ」
と、レイミは口元に手を当て、
「――無事でなによりじゃ♪」
にっこりと、満面の笑みを浮かべた。
その笑顔に、リトとファナは思わず顔を見合わせて、力なく笑ったのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
夏と言えば肝試し.
肝試しと言えば女の子の可愛い幽霊……ですが,今回は出番なし.
次回はきっと.
それでは次回,
『109……夜の学校のトトリ』
ふ、ふみゃあああぁぁぁっ!?!? あ、驚かせちゃった……ごめんね?――というお話です.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




