102……よとぎ?
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。
そうして、初めての夏がやってきて――
♪
「リトっ、リトっ」
夜――風呂を片づけて二階の寝室に戻ったリトを出迎えたのは、飼い主を呼ぶ犬――あらため竜の少女の声だった。
自分のベッドからぴょんと降り立ったのは、リトの肩ほどまでしかない小柄な少女だ。だいたい十歳くらいだろう。訳あってこの家で暮らすようになって数か月立つが、歳を聞いたことはなかった。
少女――ファナが見上げてくる瞳は、笑顔と同じお日様のように明るい色をしている。赤い癖っ毛は、まだわずかにしっとりとしているからか普段より大人しい。その一方で、お尻、若草色のワンピース風の寝間着の裾から伸びたしっぽは、ぱたぱたとやんちゃで。背中にある一対の竜の羽が動けば、リトの火照った顔を優しい風がなでる。
「どうした?」
この、なにか楽しみがあるときの仕草に、リトは頬をかきつつ訊ねれば、
「えへへ♪ 今日はリトとよとぎするの!」
よとぎ、ヨトギ……夜伽。
「…………お、おう」
♪♪
夜伽。好意的に解釈するなら、風邪をひいたリトをファナが寝ずで介抱するというものだが、この場合はそういう意味ではないだろう。なぜならリトは至って健康だからだ。
「難しい言葉知ってるんだな。だれが教えてくれたんだ?」
「レイミちゃんなの! ひとつ屋根の下で暮らす者はみんなよとぎをしているのじゃーって言ってたよ? ファナとリトは、ひとつ屋根の下で暮らしてるんだよね?」
あってる? 子犬のように首を傾げる。竜だけど。
「それはあってるな。うん。それで、夜伽って具体的になにするかも教えてくれたか?」
「うん。レイミちゃんは先生だもん。いっぱい教えてくれたの!」
「……。いっぱい……」
このまま倒れて、健全な夜伽にした方がいいんじゃないだろうか。
そんな弱い心に負けず、リトが訊くと、
「ぎゅーってされたり、頭なでられたりして、ほわーって幸せになるんだって!」
なるほど。見事なまでの中略だった。重要なところがぽっかりと空いている。
「ちなみに、今の季節知ってるか?」
「ふえ? 夏だよ?」
「掛布団も使わない季節に、ぎゅーってしたらどうなるか知ってるよな?」
「お布団にくるまれるみたいにぽかぽかでうれしくなるの♪」
♪♪♪
「えへへ、ぽかぽか」
結果は身を持って知ればいいだろうと、ひとまず望みを叶えることにした。ベッドに横になると、ファナはリトの胸に顔を当てて丸くなった。きゅっと服を握ってくるところは相変わらずだ。
「ねえねえリト。……リトって、ファナ以外とよとぎしたことあるの?」
「……それは誰からの質問だ?」
「レイミちゃ――……ファナなのっ、ファナからの質問なのっ」
ファナとも夜伽をしたことはないぞと答えたいが、そういうわけにもいかず。
「んー、ないな」
「そうなの? リトとシエルお姉ちゃんは仲良しさんなんだよね? しないの?」
「仲良しさんだからってするとは限らないんじゃないか?」
「でも、……ファナはリューだからよくわからないけど。子供つくるわけじゃないけど、そういうことすることもあるんだよね? ヒトって不思議なの」
「……」
ちょっとまて。
「ファナ。夜伽ってどういうことするか知ってるのか?」
「子作りだよね? ヒトは同じことにいろんな言葉使うからおもしろいね♪」
意味、知らないと思ったでしょ、大成功なの。とファナはご機嫌に微笑んで、おやすみと目をつむった。
♪♪♪♪
「……あ、暑いの。夏のぎゅーは短い時間でがまんしなくちゃなの……」
小さな寝息が聞こえ始めたと思ったら、ファナはすぐに目を覚ました。そりゃそうだろう。
と、ファナが服をまたきゅっと握ってきた。どうかしたかと訊ねれば、
「お、おといれ行くの忘れてた……。下、まっくらなの……」
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
お正月に友人らと姫初めうんぬんの議論をしたところから、
ネタをひっぱってきて夜伽のお話.
いつも通り……と見せかけて,ファナはちょっとだけ大人でしたという話です.
こういう話は個人的に好きなんですが,恋人でないリトとファナがこういう話をしすぎると
違和感ばかりが出てしまうので,ほどほどに.
あくまでリトとファナ,親子とか兄妹に近い関係です.
あとファナは竜なので,交尾とかは人間と概念が違いそう.
ふつーにみんなすることじゃないの?(竜は本能で生きるのです!)
それでは次回,
『103……村長のおしごと』
お仕事ばっかりいやなのじゃーっ!――というお話です.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.