11……ファナのお手伝い
♪
「リートーぉ」
ファナが呼ぶ。その声を背に、リトは淡々と手を動かしていた。トントントントンと、包丁とまな板がリズムを刻む。リズミカルな音に合わせて、ファナのしっぽも揺れる。
「ファナもやる!」
「へ? なにを?」
「ごはん」
包丁を置いたリトが振り返ると、ファナはえっへんと薄い胸を張っていた。ちなみに服装は初め着ていた桃色のワンピース。乾かしていたものを、顔を洗った後に取り込んだのだった。
「……包丁持ったことあるか?」
「ない! でもやる。やりたい」
「……駄目だ」
「なんで?」
「危ないからだ」
子供に包丁持たせて、万が一怪我でもしたら大事だ。
「やだ」
「これは譲れないな。怪我したらどうする気だよ」
リトがしゃがんで視線を合わせて言うと、ファナは「だって……」と視線を逸らした。
「ファナもお手伝いしたいんだもん」
「……気持ちはありがたく受け取っとくよ。ただ、包丁はまた今度な。今日は食器を並べる係」
「――うん! いっぱい並べる!!」
「……二人分で頼むよ」
♪♪
リトとしては、「あ――」ガシャン「ごめんなさい」ガシャン、みたいな展開も待ち構えてはいたが、実際にはそんなことは起こらなかった。フォークとナイフをテーブルに置いて、お皿はリトに手渡して。ハムエッグを載せたお皿を受け取って、テーブルに並べて。ちょっと緊張している様子はあったが、なんの問題もなく食器の準備は整った。
♪♪♪
「あ、そうだ。新聞と牛乳とってきてくれるか?」
「玄関?」
「玄関の外。赤い箱の中だ」
「わかった!」
ファナはぱたぱたとキッチンを出て行った。元気いっぱいの背中を見送って、リトはふぅと息をついた。食器の準備も新聞を取りに行くのも、いつもなら自分ひとりでやっていたことだ。それを他人にしてもらうとなると、指示出しが必要になる。それが面倒だったのだが。
フォークとナイフを並べたとき、
「できたよ!」
「ほんとにできたのか? フォークとナイフ、反対に並べてないか?」
「で、できてるもん」
なんて、リトもちょっと楽しくなってしまった。
誰かとなにかをする楽しさ、なのだろうとは思うが、ファナと一緒にやる楽しさも加わっているように思えた。笑顔で一生懸命な姿を見ると、頑張ろうという気持ちになる。
「リ――ト――っドア開けて――――」
無邪気な、くぐもった声を聞いて、リトは思考を中断して玄関へと向かった。
♪♪♪♪
ファナは、右手に牛乳瓶、左手に新聞を持って立ち往生していた。この家のドアノブは、丸い取っ手をひねる形状だから、両手がふさがっている状態では開けられない。
「どっちか置けばよかったのに」
「でも下に置いたら汚れちゃうから。牛乳も新聞もきれいな方がいいかなって」
そう言われてしまえば、リトには言葉がなかった。
「ん? あれ?」
「……どした?」
ファナは首を傾げながら、自らのしっぽを身体の横に持ってきた。牛乳瓶を当てて、くるりとしっぽを巻けば、
「――こうすればよかった」
えへへ、と照れたように笑った。つられてリトも口元を緩め、
「……落とすなよ」
ちゃんと注意してから、ファナの頭にぽんと手を置いた。心の中で、明日から牛乳瓶が二本になるんだけどな――そう思いながら。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
手伝いといえばお皿洗い,
お皿洗いといえばつるっガシャンパリンごめんなさい.
というのも好きですが,ファナはしっかりものでした.
ファナの過去についても色々書きたいなーと思いつつ.
それでは次回,
『12……がっこ?』
ファナが来てもリトの日常は続く――というお話です.
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