98……めいどさん?
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。
そうして、初めての夏がやってきて――
♪
「おかえりなの、リトっ♪」
玄関をくぐると、真夏の花のようにまぶしい笑顔に出迎えられた。
十歳くらいの小柄な少女だ。薄桃色のワンピースに、赤い癖っ毛。明るい笑顔がよく映える。
「お風呂にする? ご飯にする? それとも、」
彼女の頬が、赤毛とも服とも異なる淡い赤色に染まり、
「ファナにする?」
そんな同居人に、保護者である若干十五歳の少年は頬をかきつつ、
「……お風呂もご飯も寝るのもくっついてくる普段とどう違うんだ?」
♪♪
「めい、ど、さん……だっけ。リト、知ってる?」
「お屋敷にいるお手伝いさんだな。村長さんの家のあの人もメイドといえばメイドだよな」
「リト詳しいの。……やっぱりめいどさんが好き?」
「……? ……ああそうか。今日は村長さんと一日一緒だったんだったか。それで変なこと吹き込まれたのか」
「ふえ? めいどさんは変なことなの? やっぱりリトはへんなのが好きなの? 変わってるの……」
ふんふんとうなずき、ソーセージをぱくりと頬張る。幸せに頬張る顔は見ている側も嬉しくなるものだが、さっきの発言だけは解せない。
「えへへ、今日はファナがめいどさんするの! リトはだから、ごしゅ……なんだっけ」
「ご主人さま?」
「っ――それなのっ! ご主人さまなのっ。えへへ、リトはファナのご主人さま♪」
そんなに嬉しいことだろうか。お尻から伸びる深緑色の竜のしっぽが、ぱたぱたと揺れているのがテーブル越しに見てとれた。
「えへへ、ご主人さまー、あーん、なのっ♪」
竜っていうか犬だよなあ、そんなことを思いながら、リトは大きく口を開けた。
「なんちゃってなの♪」
リトの口をかすめて、ファナは自分の口に放り込んだ。
……おい。
♪♪♪
「身の回りのお世話しないといけないの! 身体洗うの!」
ご飯中のメイドごっこだけではやはり気が済まなかったらしく、ファナは脱衣所を兼ねた洗面所に飛び込んできて、いきなり服を脱ぎ始めた。最近は少しはおしとやかになったような気もしていたが、それ以上にそのときどきで変わるのがファナだ。らしいと言えばらしい。
「洗ってくれるのはいいけど、そのメイドの身体は誰が洗うんだ?」
意味のない質問だとわかりながらも投げかけてみれば、
「……ふえ? めいどさんの身体はご主人さまが洗うんじゃないの?」
きょとんとしながら答えが返ってきた。
「クロロくんもご主人さまに洗ってもらうって言ってたよ?」
クロロは犬だろ。
♪♪♪♪
ご飯にお風呂と存分に甘えたファナはご機嫌で、ベッドに大の字になって鼻歌を歌っている。
と、リトが戻ってきたのを感じて、しっぽがぴんと立った。寝間着の裾がめくれて、柔らかな太ももと白いそれが露わになる。
「リトっ。あ、えっと……寝ちゃう? それともファナにする?」
「……じゃあ、ファナにしようか」
そうして――ベッドに腰を下ろしたリト、その膝の上にファナがちょこんと座っていた。
「ん……くすぐったい」
「はいはい、大人しくしろ。特にしっぽと羽な。痛いから」
くしでファナの赤髪を梳く。しっとりとしたその髪は今は大人しい。くしは抵抗なく流れ、開いた窓から入ってくる夜風にふわふわと舞う。
正面の大きな姿見の中で、ファナは頬を染め、目を細めている。とても幸せそうな顔。そんな顔をされてしまうと、ついいじわるしたくなって。
「ふあっ、な、なでなではちょっとだけなのっ、せっかくの髪がくしゃくしゃしちゃうの!」
「そしたらまた梳いたらいいだろ?」
「……うう、リトがいじわるなの。めいどさんにいじわるするのはご主人さまの仕事なの」
「やんちゃなメイドにはおしおきしないとな」
リトはそう言って、思いっきり髪をくしゃくしゃに撫でた。最近頑張っているファナを、たまには思いっきり甘やかしたっていいだろう、心の中で自分に言い訳をしながら。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
久々の,ファナと二人っきりの回.
ファナに思いっきり甘えさせる,『どら×ひび』本来の姿です.
ファナが頑張ってご飯を作るとかお風呂を沸かすとかベッドを整えるとか,
そんな話になると思ったら相変わらずでした.
ほのぼのいつも通りです.
それでは次回,
『99……数えるの!』
全部言えるまでお風呂からあがれないなんて恐ろしいの……――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.