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茜はぐったりと床に倒れた少年を見て慌てて制服のポケットの中を探る。
硬い感触のそれを掴んで画面を見ると、そこには無情にも圏外と表示されていた。茜は携帯電話を手にあたりにかざしてみるが圏外の表示は変わらない。
「繋がらない時もあるって言っても、なんでこんな時に……!!」
今日配られた学校案内にそう書かれていた気がする。携帯電話やパソコンはもちろん、まったく繋がらないわけではないのだが、繋がりにくい時がたまにあるらしい。
それが今だった。
学校を創るのに目も疑うほど莫大なお金をかけたというのに、こういったところを何とかしてはくれなかったのか。現代の高校生にこれはあまりにも酷な仕打ちである。
けれど、普段は普通に繋がっているのだからと先生らはそう一蹴するのだろう。
「帰ってくるまでに死んじゃったりしないよね?」
意識を取り戻したのがほんの一瞬だった。今も息はしているがほんの少し目を放した隙に――そう思うとぞっとする。
しかしこのままにするわけにもいかず、助けを呼ぶほかない。
「大丈夫、死にはしません。でも助けを呼ぶのはやめたほうがいい。――誰も助けてはくれませんよ」
どうしようかと思案に暮れたとき、柔らかな声が蔵の中に響く。振り返った茜はほっとして、扉の所に佇む人影に口を開いた。
「救急車を呼んでください! 男の子が倒れてるんです!!」
「ですから、誰も助けてはくれませんよ。それよりももう一度この蔵に放り込まれるでしょう」
ゆるりとこちらに足を踏み出した人影――否、男は流れるような動きで茜と少年の近くで膝を折った。わずかな明かりに照らされた男は異様な服を着ている。
それは狩衣と呼ばれるもので、色素の薄い髪がさらりと流れた。
「どういう、ことですか……? でも、学校の中にこんな――」
「彼を蔵の中に入れたのは、学校側も認知しています」
静かに言われたその言葉に、茜は唖然とする。
こんなことを、学校側が知っているというのか。そして、考えたくはないことが頭に浮かぶ。
「鬼、というのはご存知ですか?」
「……鬼?」
「ええ。彼らは普通の人間とは違う。そしてこの少年は、半鬼」
「半鬼……?」
男の口からつむがれる言葉が頭の中を巡る。聞きなれない単語は意味が分からず、けれど茜はその言葉を知っている気がした。
「半鬼は忌み嫌われる存在なのですよ。――ああ、でもここでの説明はやめておきましょう」
男の手が少年に触れる。そして、その手は茜にも。
「私は柊と申します。――あなたを、導く者。永遠に」
微笑んだ気配がした瞬間、茜の意識はぷつりと音を立てて途切れた。