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かちゃり、と確かな手ごたえを感じて茜は鍵を回す。
所々が錆びついている錠前は重く、壊そうと思って壊せるようなものではなかった。鍵穴に差し込んだそれから手を放して大きな蔵の扉を慎重に開け、茜は息を呑んだ。
異様な空気。
異質といってもいいほど歪み、よどんでいる。しかもわずかな明りしかなく、蔵の中はぼんやりと薄暗い。唯一光が入る場所は、壁に取り付けられた格子窓のようなものだけ。
そこから視線を移し、一番光が差し込んでいる中央奥を見て茜は目を見開いた。
声を出すこともできず、茜は固まったまま視線を離せなかった。
――人であった。
まだ少年というほどの背丈の人が、手足に枷をつけられている。そこからはじゃらりと伸びる鎖があり、少年を壁に縫い付けるように存在していた。
ひっと喉から悲鳴が漏れ、茜は後退する。
「……っ」
薄暗い蔵の中では少年の顔を見ることはできないが、長い間ここに入れられていることだけはわかった。
蔵の中の異様な空気。茜が鍵を見つけるまで存在自体認識していなかった大きな蔵。それはまるで人を寄せつけないようにしているかのようで。
そして、その中には生きているのかもわからないような少年がいる。
おぞましい。
誰がやったのか。そもそもこの蔵はなんなのか――茜は震える足で、無意識に逃げ出そうとする足を叱咤して一歩踏み出す。
桜が咲き誇り、丁度いい温かな気温だったはずの空気は冷たく、ひやりとした何かが茜の体を巡る。
ここは学校の敷地内のはずだ。こんなものが学校の中に存在するなど。
茜は唯一存在する格子窓のようなそれから差す光が床を照らす場所まで来くると、少年の顔が見えた。目を閉じてだらりと力なく垂れ下がっている手足には頑丈そうな枷がはめられている。
それを間近で見て漏れそうになる声を必死に飲み込んだ。
けれど、茜は戸惑う瞳でそれを見つめ、わずかに眉を寄せた。
鉄でできた頑丈そうな枷にひびが入っている。しかもそれだけではなく、一部が欠け、壊れているのだ。
その状態ならば茜でも壊せるだろうかとしゃがみこんでその枷に手を伸ばす。硬質な感触が指先に触れた途端、少年の足を束縛していた枷が崩れた。
目を見開いているとその現象は片足だけではなく両手と、もうひとつの足の枷にも同じことが起きている。
「……あっ」
茜はちいさく悲鳴をあげた。
ぐらり、と支えを失った少年が倒れこんでくる。それに慌てて手を伸ばすが支えきれずに少年は床に崩れ落ちた。
「生き……てる?」
わずかにその胸が上下しているのを見て茜は深く息を吐いた。
薄汚れた服に少し痩せている四肢。
どれほどの間ここに閉じ込められていたのか、そしてどうして少年がこんなところにいるのか。その事実を、学校の先生すらも知らないのだろうか。
「でも、これってまるで――」
「……ん」
ぴくり、と少年が動く。
反応したことに茜ははっとして少年の顔を覗き込んだ。ゆるゆると開けられた瞳は辺りを彷徨い、焦点が合わない。
そしてようやく、ぴたりと茜の顔を捕らえた。
「……あ、あぁ……」
言葉にならないような吐息を吐き、少年は茜の頬に手を伸ばす。とっさに身を硬くした茜は我に返りその手を掴んだ。
「い、今人呼びますから……!!」
この場合は救急車か。学校の保健室では対処できないことのはずだ。
しかし、体を起こそうとした茜の腕を少年が掴む。
「――あぁ。やっと、会えた」
慈しむような表情で微笑んだ少年は、そのまま瞳を閉じた。