レイニーレイニー(リメイク)
rainy rainy (加筆ver)とrainy rainy (加筆ver) 後半を合わせたものです。
前二つと内容は全く同じなのであしからず
ごゆるりとどうぞ
ガタンゴトン、ガタンゴトン————
一定のリズムを刻む電車。ボックス席の窓際から見える風景もまた同じリズムで変わり続ける。
ふと、思うことがある。私たちがこの機械に心踊らせるのは、遠く憧れる場所に連れていってくれるからではないだろうか、と。
期待した未来へ連れていってくれる。
決められたレールの上を決められた時間で動き、決められた夢を叶える。
————なんて、羨ましい。
少なくとも、私は行き先もレールもない電車に乗ることにためらいを覚える。
足がすくむ。
こわい。
そんな独りよがりの思いものせ、電車は今日も進んでいく。
私を私の目的地へと運んでいく。
***
中間テストが終わりを告げ、季節が梅雨から初夏に変わる頃、私の気分は憂鬱だった。
決して、テストの結果のせいなどではない。ただなんとなく機嫌が悪かっただけだ……というのは嘘だ。全ては今日の朝に起因する。
***
前から3番目の席。朝のHRなど右から左へ流しつつ、いつものように外を眺めていた。
「じゃあ、親————よく————、来——でに提出するように」
何か大事なことを言った気がして向きを変える。ちょうど担任の先生が人数分のプリントを列ごとに配っているところだった。前の子からプリントを渡され、11年間鍛えられた集団行動原理に則り、同じ動作で後ろへと渡す。“進路希望調査表”と名づけられたそのプリントをクラスの全員が受け取ったところで今日のHRは幕を閉じた。
***
昼休み。話題は否が応でも朝の事になっていた。
「進路かぁ。来年は受験生だもんね。二人はやっぱり進学?」
と中学校からの付き合いであるすずちゃんが問いかける。
「そういうすずちゃんはもう決まってたりするの?」
名乗る前にまず名乗れ精神で自らは答えずに聞き返す。
「わたし?私はもう決めてるよ。卒業したらお菓子の専門学校に進むの。そしてゆくゆくはパティシエになるんだぁ。好きなお菓子を作って、食べ放題……」
恍惚の眼差しで次第にあさっての方向を見始めている。中学からの付き合いではあったが、こんな夢を持っていたとは知らなかった。今までそんな話をしなかったということもあるけど。
「で、どうなの?」
再度聞いてくるてくるすずちゃん。さて、どうしようか……正直言ってなにも思いつかない。このまま大学に進むのが普通なのだろうが、なんとなく気が進まない。かと言って、すずちゃんのように特別やりたいこともないので、専門学校もありえない。就職?一番ない。現代っ子はわがままなのだ。日々、「楽して暮らすこと」をモットーに生きる自分にとっては働くこともできるだけ先に延ばしたいのである。
「とりあえず受験か就職かくらいは相談して決めておいたほうがいいんじゃない?でもせっかくなら大学に行く方が良いと思うな」
言い淀む私に気を使ってか、さらに向こうから寄ってきてくれたが、
「えっ、どうして?」
と何も考えずに聞き返す。今にして思えば、餌をもらう小鳥のようなすがる気持ちがあったのかもしれない。
「だって頭いいじゃん。それに大学生なら今より色々と楽しそうでしょ」
確かにそれが一番ありなように思える。人生楽して暮らしていくにも代償が必要なのだ。うちのような一般家庭ではニートを養う余裕もないだろうし……
ぐるぐると頭を回転させていると、
「ていうか実際、私からしたら贅沢な悩みだよ、それ。決まってないとか羨ましすぎる」
横からヒカリが口を挟んできた。
「どうして?ヒカリは私達より勉強出来るんだから、それこそ選り取り見取りじゃん」
すずちゃんの言葉に同調する私。
「私が言ってるのは、その先の話。そりゃあ、行きたい学校は選べるだろうけど、親に『自分たちの塾を継いでくれ』って言われてて……」
そこまで聞かされてやっと3年間付き合った友人の身の上を思い出す私たちはもしかしたら薄情なのかもしれない。
「だから、私にはやりたい事に進もうとするすずちゃんやまだ決まってないアンタを良いなぁ……なんて思ったり」
次の言葉が思い浮かばず、黙り込む3人。
たった数秒。その時間ですら耐えきれなかったのか。
「そ、そうい———」
キーンコーン、カーンコーン
沈黙を破ろうとしたすずちゃんの努力は昼休み終了のチャイムによって遮られてしまった。
***
これからの道を決めなければならないということよりも周りが自分の道を決めていることに驚きを覚えた。同じペースで同じような景色を見ていると今まで錯覚していた。でもみんなは私の見えない先の先まで見えていて。まるで自分だけが盲目になってしまったかのよう。たとえ他人が私にぴったりの助言をくれたとしても、きっとみんなに見ているような道が私にはまだ見えない。そんな状態なのにあまり焦燥感や危機感を抱いていない自分に少しあきれブルーな気分がこの身を包んでいた。そんな気分に拍車をかける温い空気の街中を私は歩いている。
「あ゛……ベトベトして気持ち悪い。早く帰ってシャワーでも浴びたい。」
全てはこの空気感のせいだと言い聞かせるように独り言を繰り出す。
そのとき、不意に一粒の雫が肌に衝突した。
ふと、空を仰ぐ。
……ぽつり…ぽつり、ザァーー
「あーぁ、もう最悪。これは違う!」
突然の雨に私は悪態をつきつつ、小走りで逃げ場所を探す。
今日の降水確率は20%だったのに……
手頃な屋根を雨宿りに。一息ついた私は何をするでもなく、ただ空を見上げた。
「この辺にコンビニとかってあったかな?」
地図を頭に思い浮かべながら、視界をいつもの高さに戻す。
目の前には傘を差し、歩いていく人たち。自分は傘を持たず、止まったまま。
傘が無ければ動けない世界。そんな世界を見つめる私には傘がこの世界の通行券のように思えた。
通行券のない私はずっとこのまま……。ふと、それも良いと思えた。どこに進んでいいのか分からないのなら、こうしている方がずっと楽。変わらないというのは安心感を与えてくれる。たとえそれが保証のない永遠だったとしても。
そんな変な事に脳みそを稼働させていたせいか、頭がぼうっと熱くなった。「難しいこと考えるのはやめようぜ」とでも言うように私の頭が痛覚を通して訴えかけてくる。
あぁ、わかった、わかった。柄にもないことをしたからね。いや、脳ならいつもみっちり6時間稼働させているじゃないか。こんな数秒ほどしか費やしていない悩み事でヒートしかけるなど。そも、勉強は私にとってパソコンにソフトをインストールする作業と同じ。約12年間繰り返し続けてきた作業に今さら熱を帯びることはない。しかし、インストールしすぎて重たくなったこの頭にとって、考えることが一番負荷がかかってしまう気がする———ていうか、いったい私は何を考えていたんだっけ…?
「あのー......」
猫のように反射する身体。突然話しかけてくる知らない男の人。いや正直な話、見てくれは男の人とも男の子とも判別しづらい。
「良かったら、どうぞ」
ぽいっと渡される折り畳み傘。「?」が飛び交いつつも手を出して傘を受け取る私。これは新手のナンパか何かだろうかと考え始めると同時に行ってしまう彼を視界にだけおさめる。
そうして思考を整理すること数秒。やっと事態が飲み込めたときには当の本人は今何処?
「えっと......どうしよう、コレ。」
考えること数秒。一歩踏み出した先は相変わらずの雨。私の手には先ほどの傘。
・
・
・
「とりあえず、帰りますか」
確か『どうぞ』って言ってた気がするし、後日返せば良いよね。たぶんここに来れば、また会えるだろう。
こうして私は傘を片手に帰路についた。
ところで、あの子はいったい何処の誰だったんだろう?
突然渡された通行券を持ち、見つめていただけの世界を歩く。
これはきっと、今日限りの—————
「体験版みたいなものよね」
と微笑まじりにつぶやいた。
***
翌日。昨日と違って快晴の空。降水確率はもちろん0%。しかし空気の温さは相変わらず。
私の鞄には数冊のノートとお弁当、そして昨日の傘が一つ。
通いなれた道と見慣れた風景を横目に通り過ぎ、目的地の学校にたどり着く。教室のドアを開けると、私の席にいつものように二人が居た。
「おはよう」といつもと変わらぬ挨拶を交わす。そこからはお決まりの、たわいのない会話が続いた。
放課後、昨日のあの場所に向かう。
何の変哲もない場所。あんな出来事がなければ、今歩いているこの人達と変わらず、記憶の片隅にも置かないまま通り過ぎていただろう。
昨日と同じ位置に立つ。はっきり言って、顔なんて憶えていない。それでもきっと見つけられると思う。彼が私を見つけたように。
そんな事を考えながら行き交う人々を見送る。
今はもう傘の要らない世界。
期限切れのチケットを手に昨日の誰かを雑踏から探し続けた。
刻々と過ぎる時間、徐々に沈んでいく太陽。今日、彼に見つけることはできなかった。
「そろそろ帰るか。疲れたし」
すっかり鈍った身体を動かす。
それから後も何度かあの場所にいってみた。同じ曜日、同じ時間に待ってみたこともあった。それでも結果は同じだった。
「このまま返せなかったら、どうしようかな」
ある日の帰り道。空を見上げ、独りごちる。
晴れた夜空に下弦の月と一番星だけが私を見下ろしていた。
***
暑さのまだ残る九月。今日から新学期が始まる。
リビングのテレビからは朝のニュースが流れている。その中で朝早くからにこやかな笑顔のお姉さんが今日の天気を知らせている。
今日の天気は晴れときどき曇り。降水確率は20%......か。
テレビから流れる音をBGMに。習慣になった行動をとり、家を出る。おっと、傘を一応もう一本持っていこう。
いつもの通学路。
いつもの風景。
いつもと変わらない日常。
寸分違わず過ぎていく時間。
校長のやたら長く感じる挨拶も変わることはなかった。
放課後、またあの場所に立ち寄ってみた。
いったいどれくらい此処を訪れたのだろう。今日見つけられなかったら、もういっか——―—。なんてことをいつも思いながらも、私はここに足を運び続けている。
あとどれくらいここに居るのだろうか。これで最後————。そう思ってもまだ、この場所に佇み続けている。
少し肌寒い空気がなんとなく心地いい。
「そろそろ暗くなると上着が必要かな」
そう感じたのとほぼ同時に、
......ポツリ......
腕に何か落ちてきた。その感触に視線をおとす。少し遅れて。ポツ...ポツ...という音とともに突然、まっさらな地面に水玉模様があしらわれた。
「うそ......」
だんだんと広がる水玉模様。
驚きは一瞬。何かが起こりそうな気がした。
「あー、でもまぁ降水確率20%って5回に1回は降る計算よね」
そう考えると30%って意外と降りそうだなぁ......なんて事を私は考える。少し昔の出来事を思い出しながら、あの頃とは違う気持ちで私はここに立っていた。
***
「......まぁ、気がしただけで、本当にそうなるとは限らないし......」
そうそううまくはいかない世界を歩く私の帰り道、いつもと違う景色が見えた。
裏路地のかげに段ボール。側面には“拾って下さい。”の文字。
中には二匹の子犬。互いに身を寄せ合い、空からの冷たさに耐えていた。
その前で立ち止まり、私はしゃがみこんだ。
「んー......持って帰りたいけど、うちのマンションはペット禁止なんだよ。ごめんね。でも、きっと君たちを拾ってくれる人が来てくれると思うから。今はこれで我慢して。」
私は鞄から折り畳み傘を取り出し、なるべく飛ばされないようにして立て掛けた。
————願わくば、彼のような人が拾ってくれますように
————私の現状を変えてくれたように、今度はこの子たちの現状を変えてくれるように
まだ何も決まってないけれど、未だに未来は見えないけれど、それでもとりあえず歩いていこうという気に私はなれたのだから
少し隙間の空いた鞄を肩に、今さらながら気付くことがあった。
「あっ、そういえばアレ借り物だった・・・」
罪悪感などまるでなし。水の上を軽快なステップでまた歩き始める。
空は生憎のどしゃぶり。それでも私の心は晴れ渡っていた。
***
その日、変な人に出会った。
昼過ぎまでの講義を終えた予備校の帰り、僕はとてもカッコつけたい気分だった。理由は最近読みふけっている小説。その中の登場人物に憧れを抱いたからだ。紳士的な装いを見せる彼は、他人のために日々を費やす。彼を投影したかった僕はそのまま帰る気にはなれず、商店街をブラブラと歩いている。そして、一本違う道に入ったところで、チェーン店とは違う古風な喫茶店を見つけた。
「喫茶店で勉強、いや読書なんか良いかも。」
そう思った僕は喫茶店の扉に手をかけた。
カラン、カラン......
思い描いた通りの音が鳴る。うん、良い感じ。テンションは上がっていたが、振る舞いはクールに。
お一人様席に座り、コーヒーを注文。そして、慣れたような手つきで本を開く。
彼のスマートさを心掛けた滑り出し。
この一連の行動に心の中で自画自賛する。周りは自分の事など気にしてないだろうが、この店にどんな人がいるのか少し気になって視線を左右へふる。左は壁、右には老紳士。常連さんだろうか。佇まいから何から、この店の雰囲気にとてもマッチしている。
僕はチラチラとその老紳士を盗み見る。
露骨だったのか、それとも何度も見過ぎたせいか、老紳士はふと視線をこちらに移した。
「あっ......」
視線が一瞬合い、思わず言葉が漏れる。
今のは減点だ。
恥ずかしさがこみあげ、視線を逸らし本に移す。ただ意識は隣にいったままだった。
本の内容が全く入ってこない。それどころか、店に流れるBGMや周りの喧騒もまるで聞こえなかった。
この二つの席だけ隔離されたみたいだった。
そんな一方的な気まずい空気がどれくらいたったのだろう。頼んだコーヒーもすっかり冷めてしまっていた。
不意に老紳士が席を立つ。ビクッと無意識に反応してしまう自分。わかりきったことだが、会計を済ませに行くらしい。ふと視線をさっきまで老紳士がいた席に向ける。すると、そこに忘れ物があることに気がついた。どこにでも売ってそうな黒い折り畳み傘が一つ置きっぱなしになっていたのだ。
それに気づかず、会計を済まして店を出ていく老紳士。
少しためらいがあったが、僕は傘を手に取り、後を追いかけた。
店を出ると、すぐに老紳士を捕まえることができた。
「あの、忘れ物です」
傘を渡すために手を伸ばす僕。
傘を受け取るために手を伸ばさない老紳士。
......そのまま数秒......
僕は間違えたのかと思い、確認のためもう一度尋ねようとした。すると、
「あぁ、それは君にあげるよ」
と言い、傘を受け取らずに行ってしまった。
呆気にとられること更に数秒。現状把握にもう数秒。
......「あげる」と言われても、自分のは持ってるし(しかも今バックに)
心の声は音にせず、受け取ってくれなかった傘を手に店の中へと戻った。
お店の人は僕にも傘にも特に大した反応を見せず、僕はそのまま席に座る。手の中の傘はバックの中へ。
はぁ......とため息を一つ。周りを気にするのにもいい加減疲れた僕は、テーブルに置きっぱなしにしていた本を手に取り、しばらく読みふけった。
***
「そろそろ帰るか。」
夕闇が徐々に迫ってくる空。
きりの良いところまで読んだ本をしまい、時計をのぞく。冷めたコーヒーの残りを一気に飲み干し、カッコつけで入った喫茶店を後にした。
「何か普通に居座っちゃってたなぁ・・周りを気にしてたのはあのお爺さんがいたときくらいだし。」
と、老後にはあんな風に振る舞えるようになりたいと心に決めた最中、自分の頭の上に何かが落ちた。
「ん?......雨......?」
落ちた部分を手探りで確かめながら、空を見上げる。
空はいつの間にか灰色。周りに温さはなく、冷たい空気が流れていた。だんだんと勢いを増してきた雨に負け、僕は自前の折り畳み傘を取り出した。さっき話題にあがった物ではなく、正真正銘、僕が家から持ってきた物である。
「一応持ってきておいて助かった。」
傘をさし、雨の降る中、少し早足でいつもと違う帰り道を歩く。方向はあっているはず。
その道の途中、傘を持たずに手狭な屋根で雨宿りをしている女の子を見つけた。
傘を持って歩いていく人々。そこから取り残された女の子。
いつからそこに居るのかは知らないが、周りから外れている女の子はまるで自らの境遇を嘆き、誰かに助けを求める小説のヒロインのように思えた。
つい数時間前の出来事。意味もなく受け取った傘。現在のこの状況。
僕は改めて自分の所持品を確認した。数冊のノートとテキスト、筆記用具に貴重品。そして、老紳士からもらった折りたたみ傘。
ふと、あのヒーローを思い出す。そんなに時間はいらない。彼なら何のためらいもなく、息をするが如く行動するだろうと分かる。
一歩、右足を前に出す。見知らぬの異性に話しかけ、傘を渡すという行為に緊張と恥ずかしさを覚えたが、それでも彼女を助けてあげられる手段を僕が持っているという事実は変わらない。
二歩、三歩と進む。僕は傘をバックから取り出し、彼女の方へ。
***
住宅街を歩く学生(であると信じたい)が一人。その表情は少し満足気な感じがする。
まぁ、僕なのだが......
頬がゆるむ。
今日は良い日だった、と自己満足に浸る。完全に甘い自己採点だが、今日の僕は何というか......きっとかっこ良かったと思うのだ。
生憎の雨空には似合わない表情を浮かべる自分を見たら、きっと周囲は怪訝に思うだろう。
まぁ、そんな他己採点はどうでも良い。
————だって、今日の僕はかっこ良かったのだから。
日々の経過にあわせて累乗する焦燥感。いったい何が変わって、何を変えたのだろう。今を変えたいという想いと結局、いつも通りの日々が流れるだけという思い。どこまで言っても変わらないし終わらない。何をしても何もしなくても・・・
なら今やりたい事、やるべき事をとりあえずやってみようと思う。
————いつか理想に出会うために————
————いつか理想に辿り着くために————
お疲れ様でした
最後まで読んでくださりありがとうございます