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日常の断片

ブランコ

作者: 爽
掲載日:2026/10/29

 その日も私は、学校から帰ると、鞄を置く暇さえ惜しんで塾へ出かけなければならなかった。


 雨の上がった道には、まだところどころに水が溜まっていた。電柱の影がその中に細長く沈み、通りかかった自転車が水面を揺らすたび、影は一瞬だけ形を失った。私はその水溜りを避けながら、腕時計を見た。針は、先ほど見た時よりも確かに進んでいた。時計というものは、こちらの都合など少しも考慮しないらしい。


 私は受験生である。受験生というものは、どうやら勉強するために生きているらしい。少なくとも、私の一日は、その説を疑う余地もないほど整然と証明していた。


 鞄の中には、英単語帳と数学の問題集が入っていた。どちらも将来の役に立つらしい。もっとも、あまりに重いので、将来にたどり着く前に私の肩が役に立たなくなりそうであった。


 私は別段、それを苦痛だと思っていたわけではない。受験というものが近づいている以上、勉強しなければならないのは当然である。努力が必要だということも、怠けた者が後になって困るということも、私はよく承知していた。


 ただ、いつの頃からか、私の心は、何かを見ても以前ほど動かなくなっていた。


 美しい夕焼けを見ても、明日の小テストの範囲を思い出す。雨が降れば、帰り道が面倒だと考える。好きだった音楽を聴いても、気づけば机に向かっていない時間の長さが気にかかる。何かに心を奪われるということが、私には次第に贅沢なことのように思われてきたのである。

 

 朝になれば学校があり、夕方になれば塾があり、夜になれば机がある。私の一日は、まるで誰かがあらかじめ引いた線の上を、律儀に歩かされているようなものだった。もっとも、その線を引いたのは、ほかならぬ私自身であった。


 学校では授業を受け、休み時間には友人と他愛のない話をする。教師の話に笑うこともあれば、窓の外を眺めていることもある。しかし、そうした時間の一つ一つが、頭の片隅ではいつも残り時間として数えられていた。帰宅すれば塾の支度をし、塾から帰れば宿題をする。机に向かっているうちに夜が更け、眠る頃には、翌日の予定がすでに頭の中に並んでいる。


 こうして書けば、いかにも勤勉な学生のように見えるかもしれない。実際、私もそのように見られることを、必ずしも嫌ってはいなかった。努力しているという事実は、それだけでいくらか人間を立派に見せてくれる。たとえ本人が、何のために努力しているのかを、時折忘れかけていたとしても。


 塾へ向かう道の途中に、小さな公園がある。


 公園の周囲には低い柵が巡らされ、入口の脇には錆びた看板が立っていた。雨に濡れた砂場は黒ずみ、滑り台の階段には水滴がいくつも残っていた。隅に置かれたベンチには誰も座っていない。頭上の空は一面に曇り、雲は低いところに垂れ込めて、向こう側の家々の屋根を押さえつけているように見えた。


 その下で、子供たちが遊んでいた。


「もっと高く! もっと高くして!」


 甲高い声が、夕暮れの空気を突き破るように響いた。続いて、何人もの笑い声が重なった。誰かが何かを叫び、別の誰かがそれに答えた。声は互いにぶつかり合い、意味のある言葉というより、ただ勢いのある音の集まりとなって、私の耳に飛び込んできた。


 私は思わず眉をひそめた。


 うるさい。


 こちらはこれから塾へ行き、限られた時間の中で一つでも多くの問題を解かなければならないのである。それに引き換え、彼らは雨上がりの砂場を踏み荒らし、ブランコを揺らし、声を張り上げている。ブランコを漕いだところで成績が上がるわけでもなく、砂山を築いたところで偏差値が上がるわけでもない。まことに非生産的なことである。私は彼らの将来を案じるような顔をして、しばらくその非生産的な幸福を眺めていた。


 一人は砂場で山を築き、一人はブランコを揺らし、もう一人は滑り台の上から、意味のよく分からない叫び声を上げていた。子供たちの背丈は柵にも届かないほどだったが、その声だけは、狭い公園から道路の向こうまで、何の遠慮もなく響いていた。


 私は、少しばかり不愉快になった。


 もっとも、彼らにしてみれば、私の方こそ奇妙な人間に見えたかもしれない。鞄を肩に掛け、腕時計を気にしながら、公園の外を黙って歩いていく少年。遊ぶこともせず、誰かと話すこともせず、ただ決められた時刻に決められた場所へ向かっている。彼らが私を見て何を思うかなど、知る由もない。しかし、少なくとも彼らの顔には、私が日頃から気にしているようなものは、何一つ見当たらなかった。


 空はこれほど低く、地面は濡れ、遊び場は泥に汚れている。それなのに、彼らは少しも窮屈そうではない。むしろ、何かに追われるように走り回っている私の方が、よほど狭い場所に閉じ込められているような気がした。


 そのとき、ブランコの一つが、ひどく高く揺れた。


 座板に腰掛けた子供は、両足を前へ突き出し、身体を後ろへ反らしていた。空へ向かって飛び出すつもりなのかもしれなかった。もちろん、ブランコが空まで届くはずはない。私ならば、そんなことは初めから承知している。


 しかし、その子供は、何度も同じことを繰り返していた。


ブランコを漕ぐことに、何の目的があるのだろう。砂山を作ることに、どれほどの価値があるのだろう。せっかく作った砂山も、雨が降れば崩れる。ブランコから降りれば、揺れはやがて止まる。彼らの時間は、何一つ形に残らないまま、夕暮れとともに消えていくに違いなかった。


 それなのに、彼らは笑っていた。


 私は、その笑い声を鬱陶しいと思った。思ったのだが、その声が聞こえなくなれば、それはそれで、何か物足りないような気もした。


 砂場では、山がほとんど完成しかけていた。


 湿った砂を両手ですくい、何度も叩いて固めたらしい。頂上には小枝が一本立てられ、その周りには小さな石が並べられていた。子供の一人が、誇らしげにもう一人を呼んだ。呼ばれた方は駆け寄り、山の周りをぐるりと回ってから、何か注文をつけた。二人はしばらく相談していたが、やがて一人が山の裾に手を伸ばした。


 次の瞬間、山は崩れた。


 砂は音もなく崩れ、頂上の小枝が倒れた。並べられていた石は、山の跡から転がり出して、砂場の隅に散らばった。私は思わず足を緩めた。あれほど熱心に築いていたものが、ほんの少し手を加えられただけで、元の形を失ってしまったのである。


 しかし、子供たちは泣かなかった。


 一人が何かを言い、もう一人が笑った。やがて二人とも声を上げて笑い出し、崩れた砂山を踏み越えて、滑り台の方へ走っていった。残された砂の上には、小さな手の跡と靴の跡がいくつも重なっていた。


 私はその跡を見ていた。


 砂山は、もう山ではなかった。ただの湿った砂の塊である。あれを作るのに、どれほどの時間がかかったのかは知らない。子供たちにとって、それがどれほど大切なものだったのかも分からない。ただ、彼らは崩れた山を振り返りもしなかった。


 私は合理的な人間でありたいと思っていた。少なくとも、そう思うことによって、毎日の勉強に意味を与えていた。だが、目の前の子供たちを見ていると、合理的であることが、必ずしも幸福であることと同じではないように思われた。


 私は、いつからこんなに、何かをする前にその価値を考えるようになったのだろう。


 学校の授業を受ければ、これは試験に出るかと考える。塾で問題を解けば、これが志望校に役立つかと考える。休日に少し長く眠れば、その時間を勉強に使えたのではないかと思う。好きな音楽を聴いていても、ふと机の上の教材が気にかかる。


 何かを得るたびに、次に得なければならないものが現れる。成績が上がれば、今度は下がることが心配になる。問題が解ければ、もっと難しい問題が待っている。


 人生というものは、実に親切なものである。こちらが一つ課題を片づけるたびに、次の課題を忘れずに差し出してくれるのだから。


 私は、そんなことを考えて、かすかに苦笑した。


 その間にも、子供たちは遊び続けていた。


 私は、もう一度腕時計を見た。


 塾の始まる時刻が近づいていた。ここで立ち止まっている時間はない。私はそう考え、歩き出そうとしたが、なぜかすぐには足が動かなかった。


 私の鞄の中には、英単語帳と問題集が入っている。頭の中には、覚えなければならない知識と、解けるようにならなければならない問題が詰まっている。それらは決して無意味なものではない。むしろ、今の私にとっては、何よりも大切なものであるはずだった。


 それなのに、崩れた砂山を前にして笑っていた子供たちの顔が、妙に頭から離れなかった。


 私は彼らのように、何かを失っても平気でいられるだろうか。いや、失うものがあるということを、あれほど簡単に忘れられるだろうか。


 そう考えた途端、私は自分の考えを少し恥ずかしく思った。砂山と受験勉強を比べるなど、いかにも大げさな話である。子供たちはただ遊んでいただけで、私の悩みを解決するためにそこにいたわけではない。彼らに人生の教訓を見出そうとするのは、結局のところ、暇を持て余した大人のすることに似ている。


 私はまだ大人ではないが、少なくとも、これから塾へ行かなければならない身分であった。


 公園を離れると、子供たちの声は少しずつ遠くなった。道路の向こうでは、車が濡れた路面を走り去り、タイヤの音がしばらく耳に残った。私は鞄の肩紐を直し、歩く速度を上げた。先ほどまで気になっていた水溜りも、今度はほとんど目に入らなかった。


 道路の向こうに塾の看板が見えた。窓からは白い光が漏れ、入口には、私と同じような鞄を背負った生徒が何人か集まっていた。彼らは今日の課題について話しているらしかった。


 私は、その光景を見て、少しだけ安心した。


 いつもの場所があり、いつもの時間があり、いつものように勉強する自分がいる。公園の子供たちを見たからといって、明日からの生活が変わるわけではない。塾へ行くのをやめるつもりもなかったし、受験を投げ出すつもりもなかった。


 私は入口の前で、鞄の肩紐を握り直した。


 それから、ふと、自分が今日思ったことを、誰かに話してみたくなった。しかし、すぐに思い直した。そんなことを話したところで、相手はきっと、疲れているのだろうと言うに違いない。あるいは、勉強のしすぎだと笑うかもしれない。


 それに、私自身、うまく説明できる自信がなかった。


 私は塾の扉に手をかけた。


 ガラス越しに見える教室では、すでに何人かの生徒が机に向かっていた。机の上には教材が広げられ、白い紙の上を鉛筆が動いていた。私はその中に、自分の席を探した。


 背後では、まだ子供たちの声が聞こえていた。


 私は扉を開けた。


 その瞬間、声は途切れた。


 教室の中には、紙をめくる音と、誰かが椅子を引く音があった。私は自分の席に着き、鞄から単語帳を取り出した。表紙には、何度も開いた跡がついていた。


 最初のページを開くと、見慣れた英単語が並んでいた。


 窓の外では、曇天が、相変わらず低く垂れ込めていた。


 そして私は、さきほど公園で聞いた笑い声を、いつの間にか、もう一度聞きたいと思っていた。


 私は、これから英単語を覚え、数学の問題を解くだろう。帰宅すれば宿題が待っており、明日の朝になれば、また学校へ行かなければならない。


 そのことに変わりはない。


 ただ、今日の夕暮れに、私は久しぶりに何かを羨ましいと思った。


 それが、少しばかり嬉しかったのである。


 心が動かなくなったのだと思っていた私の心にも、まだ何かを羨むだけの余地が残っていたのだから。


 もっとも、その余地が明日の勉強に役立つかどうかは、私にもわからなかった。


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