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悪役令嬢は妖刀と生きる  作者: 高塚 ミヤビ
第一章

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第五話

朝から就寝時までみっちり勉強漬けの日々が続き、溜まるストレスをどうにかしたくて、私は前世でたまにやっていた「食に逃げる」作戦を使うことにした。

どうせ食べるなら、前世の味付けのものが食べたいと思い立ち、深夜に厨房に忍び込む計画を実行することにした。


計画は順調に進んでいたが、厨房で食材を物色している最中、厨房に人が入ってきてしまい、忍び込んでいたことがバレてしまう。

見つかってしまった私は、自室に戻る事になると思ったが、彼の温情により、私が作ろうとしていた料理を彼が代わりに作ってくれることになった。


「ところで何て呼べばいいかしら」


エプロンを着て、粛々と調理の準備を進める彼の背中を見つめながら、私は尋ねた。

レイラに転生してからまだ日が浅く、名前を知る使用人はそう多くなかった。

当然、彼とも初対面だ。

このまま名前も知らないままでは不便だと思い、直接本人に聞いてみることにした。


「改めて言われますとアレですね、料理長でもカーズでもお好きに呼んでいただいて構いませんよ」


カーズと名乗った男性は驚いた様子で、作業中の手を一瞬止めたが、すぐにその手を動かし答えてくれた。

カーズさんの回答から彼はこの屋敷で料理長を務めているようだ。


「じゃあ、カーズと呼ばせてもらうわね。ところで、私が言えたことではないけれどカーズは何でこんな時間に厨房に来たの?」


私は好奇心を隠さず尋ねた。

計画を止められ、お説教が確定している身としては、カーズさんが料理長と言えど、この深夜に厨房に来た理由が気になったからだ。


「厨房を自由に使えるのはこの時間しかないので、新しいメニューを開発するとなるとこの時間になるんですよ」


普段は私たちやこの屋敷で働く使用人のたちの為に忙しくしている厨房も、夜中になれば彼だけの実験場になるらしい。

その言葉に、料理への情熱と職人魂のようなものを感じ、私は内心で感心する。

前世でも、深夜にキッチンで試作を繰り返すシェフの話をテレビで見たことがあったが、カーズさんもその類の人なのだろう。


「それで何をおつくりになるつもりで?」


カーズさんは調理の準備が整ったのか、こちらに振り返り、本題を尋ねてきた。

その目は、私がどんな料理を作ろうとしていたのか、純粋な好奇心が滲み出ているかのようだった。


「タマゴサンドよ」


そんな彼の期待に応えるように私は自信に満ちた顔でそう答える。

前世で慣れ親しんだあの味をこの世界で再現できると思うと、胸が弾む。


「あぁ…タマゴサンドですか、でしたら卵を焼いてパンにはさむだけですので一人で火を使うのは危なそうですが確かに料理未経験のお嬢様にも作れそうですね」


あからさまにカーズさんのテンションが下がるのが分かった。

彼が想像したのはおそらくスクランブルエッグをパンに挟んだものだろう。

だが、今回作るものはそうではない。

刻んだゆで卵をマヨネーズで和えた、あの濃厚でクリーミーなあのタマゴサンドだ。

個人的にはタマゴサンドの中でもこのタイプが一番おいしいと思っている。


「今回作りたいものはタマゴを焼くのではなくて茹でるタイプのものなの」


「タマゴを茹でるんですか?」


カーズさんの関心を少しだけ取り戻すことには成功したものの、完全に興味を引くにはもう一押し必要なようだ。


「えぇ、そして茹でたタマゴを刻んで油と酢を混ぜたもので和えて味を調えたらパンに挟んだら完成よ」


私は作り方を簡潔に説明しながら、頭の中で前世のレシピを思い出す。

マヨネーズを作るには乳化が鍵だが、この世界の限られた食材でどこまで再現できるか、試してみる価値はある。

カーズさんは私の言葉を聞きながら、机の上の果実酢の瓶を手に取り、怪訝そうに首をかしげる。


「でも、油とこの調味料混ざるんですか液体なのですぐ分離しちゃう気が?」


カーズさんの指摘に、私は心の中で感心した。

さすが料理長、鋭いところに目をつける。

油と酢が分離する問題は、マヨネーズ作りでは確かに重要だ。

だが、前世の知識があれば、この課題は乗り越えられるはずだ。


「そのあたりの事は実際にやって説明するわね」


私はそう答えると、用意してあった食材の下準備に取り掛かる。

あくまで教本に書かれている事を諳んじているように演技をしておくことも、忘れないようにしなければ。


「まずは、一番時間のかかるこの干し肉から処理していきましょうか」


目の前に置かれた干し肉は表面がゴツゴツしていて、塩の結晶が所々に付着している。

このままでは固くて食べにくい上に塩辛くなるのは目に見えているので塩抜きをしていく。


「この干し肉を薄くカットして水に浸しといてもらえるかしら」


「このくらいの薄さでいいですか?」


「ええ、その調子でお願い」


カーズさん慣れた手つきで干し肉を切ると、スライスした物を手に持って見せ、厚さを確認すると次々と均等に切り分けていく。

私はカーズさんが干し肉の下処理をしてくれている間に、タマゴを茹でるための鍋を準備しておく。

あらかじめ準備してもらっていた二つの鍋に、タマゴが完全に浸かる程度の水を加えていく。

水を鍋に汲み終えると、干し肉の処理が終わったカーズさんが次に指示を仰ぎに来た。


「次はこの鍋を火にかければいいですか?」


「お願い」


カーズさんは竈に薪をくべ、火をおこし、鍋を火にかけた。

火にかけた鍋が沸騰したのを確認したら、片方の鍋を火から離してもらい、殻付きのタマゴを割れない様に加えていく。

そうしたら、かき混ぜるための木製のヘラを使い、タマゴを転がし、黄身が中心に来るようにする。


「こっちの鍋にもタマゴをいれるのですか?」


カーズさんがもう一方の沸騰している鍋を指さし、確認するように尋ねる。 


「そうよ、そっちに入れるタマゴはソースに使うものだから、軽く茹でたらすぐに水につけて、冷えたら黄身と白身に分けておいてもらえるかしら」


今回作るマヨネーズには生の黄身を使うので、煮沸をしておく事にした。

こちらのタマゴは前世ほど衛生管理を徹底しているとは限らないので、お腹を下さないためにも念のためやっておく。


「うまくいくと良いのだけど」


カーズさんは用意していたボールに黄身を移し終えると、果実酢と溶かした油を交互に加えながら混ぜ合わせていく。

最初は黄色かったボールの中は、だんだんと前世の見慣れたマヨネーズに近づいていった。


「この黄身がこの酸っぱい調味料と油が分離しないためのカギだったわけですか」


カーズさんは目の前で出来あがていくマヨネーズもどきに興奮が抑えきれないようで、無意識に言葉が漏れるようにつぶやく。

私も詳しい理屈は知らないが、前世で同じ光景を見た時は驚いたものだ。

完成したマヨネーズは前世のものほどではないが、それっぽいソースが完成した。


「こっちもそろそろ茹で上がったかしらね」


私の言葉に、カーズさんが鍋から卵を取り出し、水に浸す。

触れられる程度に卵が冷えたら殻をむき、粗く刻む作業は彼に任せた。

私はカーズさんの脇で、刻んだ卵をマヨネーズと混ぜ合わせ、胡椒と塩で味を調える。


「仕上げに取り掛かりましょうか。カーズ、塩抜きをしていた干し肉をカリッとなるまで炒めてくれる?」


カーズさんは快く頷き、塩抜きした干し肉の水気を取り、フライパンで焼き始めた。

私は硬くなったパンを手に取り、半分にしていく。

前世の様にやわらかいパンに挟んで作りたかったが、あいにく今は無いのでこのパンで作っていく。

ただ、硬くなったパンをそのまま食べても味気ないので、半分にしたパンをカーズさんの元に持って行き、表面を軽く焼いてもらうことにした。

塩抜きされた干し肉とパンの香ばしい香りが厨房に広がる。


「焼きあがったパンにカリッと焼き上げた干し肉をしいて……この卵の具を挟んだら…はい、完成」


パンからはみ出るくらいタマゴの具を塗りたくり、仕上げに胡椒を軽く振ったら前世風タマゴサンドの完成だ。

今回は干し肉を挟んだものと挟まないものの二種類を作っておく。

どちらもすごくおいしそうだ。


「これがレイラお嬢様が作りたかったタマゴサンドですか、確かにこれは見たこともないタマゴサンドですね」


カーズさんの目は、初めて見るタマゴサンドに興味津々の様で、すぐにでも食べたそうにしていた。

私は彼の反応に満足し、厨房の端にある小さなテーブルにサンドイッチを運んだ。


「それじゃあ一緒にいただきましょう」


椅子に腰掛け、ワクワクしながらサンドイッチを手に取る。

カーズさんも私の向かいの席に座り、期待を込めた目でサンドイッチを見つめた。


「それでは、いただきます」


まずはタマゴのみが挟んでいる方から一口かじる。

サクッとしたパンの食感の後に、あふれ出るタマゴの具が口の中を満たしていく。

パンを焼いたことで香ばしく程よい硬さのパンになり、マヨネーズのクリーミーな味わいと絶妙に噛み合っていた。

前世のタマゴサンドとは異なり果実酢の風味が少し強いものの、十分に満足できる仕上がりだ。


「カーズさんも遠慮しないで食べてみて、おいしいわよ」


カーズさんは私の言葉に促され、サンドイッチを手に取ると、慎重に一口かじる。

次の瞬間、彼の目が見開き、驚きと喜びが顔に広がった。


「レイラお嬢様、この酢と油を混ぜたものが茹でたタマゴと合わさることで濃厚だけどしつこくない絶妙なバランスになっていて絶品ですね」


「それ、確か教本にはマヨネーズと書かれていたわ」


私はさも書いてあったように説明するが、もちろんそんなものはどこにも書かれていない。

カーズさんはサンドイッチをもう一口かじり、先ほどよりも味わいながら味を見極め、考察しているようだった。

新しい料理の可能性に心を踊っているのだろうか。


「マヨネーズ、これは可能性の塊ですね、いろんな料理に使えそうです」


「確か、サラダにかけたりすると相性がいいと書かれてあったわ、けど今回作ったマヨネーズは完全に再現できたとは言えないのよね」


本来はもっと癖のない酢や油を使い、卵のコクを引き出しまろやかでやわらかい味わいになるはずだ。


「ほー、それは興味深い」


「それに今回作ったタマゴサンドだって、本当は葉物野菜を挟んだり、やわらかいパンで作ったりするらしいから、まだまだ改善の余地はあるのよ」


私の思い描いたタマゴサンドのイメージは、シャキッとしたレタスや、ふわふわの白パンにたっぷりのタマゴの具が挟んだものだ。

けれど、今回は厨房にある材料で前世の料理を再現しようとしていたので、全に再現することはできなかった。

もし、次があるのだとしたら、材料もこだわって今度こそ完全再現してみたいものだ。


「でしたら、今度また一緒に作りませんか?」


「え!?いいの?」


カーズさんの提案に、私は思わず声を弾ませた。

料理を再現してもらえるのは今回限りで、次に作れるのは当分先になるだろうと思っていたので、とてもうれしい提案だった。


「お嬢様はお忙しい方ですので、お嬢様の都合が合えばぜひ」


「ありがとう。本当はもっと作りたい物がたくさんあったの」


私の声には、抑えきれない喜びが滲み出ていた。

頭には、カレーや味噌汁、親子丼といった前世の料理が次々と浮かんでいたが、今のところ材料の制約で再現は難しい。

それでも、カーズさんの協力があれば、いつか挑戦できるかもしれないという希望が芽生えていた。


「私でよければまた協力させてください。でも、次回はお一人ではなく許可を取ってから来てくださいね」


カーズさんは片付けを始めながら、穏やかな口調で続ける。

彼の手は慣れた動きで調理器具を整理し、厨房を元の清潔な状態に戻していく。


「えぇ、反省しているわ。次回はアトラと一緒にくるわね」


「そうしてください。最近は屋敷の敷地内に不審人物が出たと衛兵の方たちも言っておりましたし、近くの町でもあまり良い噂を聞かないので、本当にお願いしますね」


カーズさんの言葉には、私の事を本当に心配しているのが伝わる。

近頃、私の身の回りでそんなことが起きているとは思ってもみなかった。

そんな状況で子供が深夜に一人で出歩いてれば、それは怒られるのも当然だと思った。


「レイラお嬢様、お送りしますのでそろそろ自室に戻りましょう」


カーズさんは厨房の片づけが終わるとそう言って、私の寝室まで送ってくれた。

今夜の事を振り返ってみると、当初の計画は見つかって失敗に終わったが、終わってみれば前世の料理を再現する仲間を得ることができた。

これは予期せぬ幸運だったなと思いながら、私はベッドに横になると、お腹の満腹感と今日一日の疲労感から一気に睡魔に襲われ、一瞬で眠りについた。


翌朝、身支度の手伝いに来たアトラさんの笑顔の裏にはしっかり怒りマークが浮かんでいるのが分かった。

案の定、夜中の厨房へ一人で侵入したことを報告されており、アトラさんの厳しいお説教が始まった。

私は反省しつつも、カーズさんと次回作る料理について考えるのだった。

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