閉幕後には、ささやかなハッピーエンドを。
コンラッドの婚約者クレアは一度、死んだ事があるのだという。
自分が罪人として在りもしない罪で裁かれ、命を落とした。
そして過去に戻って来た彼女は当時はまだ婚約関係でもなかった第二王子コンラッドに助けを求めて来た。
一周目で彼女を死に追いやったのは、当時の婚約者であるコンラッドの兄とその浮気相手だったとか。
同い年で、長年の付き合いになるクレアがどんな人物であるか、コンラッドは盲目的な兄よりもそれをよく理解しているつもりだった。
彼女が決して、命を奪われるような罪を犯すはずがないとわかったし、ここまでの話全てが偽りであるなどという大掛かりな嘘を吐ける性格ではない事もすぐに分かった。
だからコンラッドは彼女に手を貸し、兄とその浮気相手の悪事に関する情報を集めた。
そして二人がクレアを悪女に仕立て上げようと、大衆の面前で虚言を吐いた瞬間――退路を塞ぎ、二人の罪を明かしたのだ。
結果、浮気相手は極刑、兄は王族としての籍を廃され追放された。
こうして訪れた平和の中、コンラッドはクレアに長年秘めていた想いを打ち明け、晴れて二人は恋人同士になった。
……しかしここで『全てが上手くいった』と片付けられないのが、現実だ。
確かにクレアの心は救われたし、彼女へ牙を剥く脅威は消えた。
しかし、これまでに彼女が負った心の傷まで癒えた訳ではない。
クレアは度々悪夢に苛まれ、時折自分の首が落とされる夢を見ては首に触れながら下手くそに泣いた。
だからコンラッドは、寝つきが悪い彼女に出来る限りついてやりながら、少しでも心が安らげる時と場所を与えたいと考えた。
そんなある日の事。
王宮の庭園。その芝生の上に腰を下ろしたコンラッドはクレアに横になるように促した。
それから程なくして、彼女はすやすやと小さな寝息を立てる。
その顔色が恐怖に染まっていない事を確認し、コンラッドは安堵する。
それから一人ではない事を伝えるように彼女の頬を優しく撫でるのだ。
どれくらいそうしていただろう。
やがて、クレアが睫毛を震わせながら目を覚ます。
「……コンラッド様?」
「おはよう、クレア」
「……はよ、ございます……」
寝ぼけ眼でうとうととしている彼女が愛おしい。
コンラッドは小さく笑いながら尚も彼女の顔を撫でてやった。
「よく眠れたかい?」
「……はい、久しぶりに」
心地よさそうに目を細めながら、クレアがコンラッドの手に擦り寄る。
「コンラッド様の傍は不思議と……落ち着くんです。きっと、この方なら私を守ってくれると、そう思えるから……なのでしょう」
「……そうかい」
「気を、つかわせてしまっていますよね。申し訳ございません」
コンラッドはクレアの謝罪に目を瞬かせる。
自分が特別なのだと伝えてくれた彼女の言葉のどこに、謝意を見せる必要があったというのか。
「長い時間、コンラッド様を放ってしまいました」
「僕が眠るよう促したのだから、気にするような事ではないだろう」
「それに……いつまでも弱いままで。もう終わった事なのに、未だに恐れを抱いていて」
「……全く、君は本当に気にしいだな」
コンラッドは肩を竦めてから両手でクレアの頬を挟む。
そうして自分の顔を剥かせながら笑いかけた。
「君が頼ってくれる事が、僕はとても嬉しいよ。これまで見せてくれなかった弱さを、堪え続けてきたものを僕にだけ晒してくれる事が……僕を特別だと認めてくれているみたいでとても嬉しい。だからこそ……そんな愛しい君に応えたいと、僕がそう思っているだけなんだよ。クレア」
クレアの宝石のような瞳が潤む。
未だに悲しみや喜びを上手く表現できない不器用な彼女が、コンラッドは愛おしくてたまらなかった。
「だから気にしないで欲しい。君の苦しみを遠慮なく僕にも分けて欲しい」
クレアの掠れた声が絞り出される。
大丈夫だと安心させるように抱き寄せれば、彼女の肩が震えている事に気付いた。
「っ、わたしも」
「うん?」
優しく聞き返す。
クレアは涙に顔を濡らしながら続けた。
「私も……コンラッド様を支えられるようになります。今は頼りないかもしれませんが、いつか、コンラッド様の苦しみも分けて欲しいと……そう、言えるようになりたいです」
確かな意志を宿した言葉だった。
想定外のその言葉が、コンラッドの胸を温かくさせる。
「……ありがとう、クレア。なら、その時が来たら必ず君に寄り掛からせてもらうよ」
その後。コンラッドとクレアは互いに体を寄せ合いながら穏やかな時を過ごす。
クレアの心の傷はまだ完全には癒えていない。
それでも彼女は着実に前を向き、進もうとしていた。
そんな愛する人を誰よりも近くで支えていきたい。
そして彼女の心が完全に晴れた時、いつか自分に見せてくれた、一切の曇りのない笑顔が見たいとコンラッドは思うのだった。
クレアが涙を拭い、顔を上げる。
そしてコンラッドへ優しく微笑み掛けた。
その笑顔が太陽に照らされて酷く眩しく見えて……
――存外、そんな未来もすぐにやって来るのかもしれない。
そんな予感を、コンラッドは抱くのだった。
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