守れなかった男
フィールドボス討伐が終わった瞬間。
モユルは、報酬画面すら見ずに走り出していた。
「……悪い、先行く!」
後ろから何か言われた気がしたが、聞こえなかった。
頭の中にあるのは、ユキだけだった。
不安そうな目。
よく分かっていないまま笑う顔。
(……遅い)
嫌な予感しかしない。
王都を突っ切る。
人を避ける。
壁にぶつかりそうになりながら走る。
肺が焼ける。
足が重い。
それでも止まれなかった。
(……頼むから、いてくれ)
シェルター区域。
ようやく辿り着いて、足が止まる。
――まだ、扉は閉まっている。
(……まだ……戻ってない?)
一瞬、安堵しかける。
でも、すぐに不安が勝った。
(……遅すぎる)
壁にもたれて、息を整える。
時計はない。
時間感覚だけが、無駄に正確だ。
何分。
何十分。
分からないまま、ただ待つ。
胸が、ずっとざわついている。
(……何してるんだよ)
(……なんで、こんなに遅い)
インターフェースが光った。
《ユキが、王都に帰還しました》
通知。
たった一行。
なのに、心臓が跳ねる。
「……っ!」
体が勝手に動いた。
廊下を駆ける。
息が荒れる。
シェルター前。
扉の前で、立ち止まる。
(……頼む)
(……無事でいてくれ)
数秒。
足音。
小さな足音。
向こうから、ユキが歩いてくる。
一人だった。
俯き気味で。
歩幅が小さくて。
足を少し庇っている。
その瞬間、全部分かった。
(……遅かった)
「……ユキ!」
声が裏返る。
ユキが、はっと顔を上げる。
「……モユル?」
その顔。
笑っているのに、目が死んでいた。
胸が、締めつけられる。
「どこ行ってたの……!?」
「連絡も取れないし……!」
声が震える。
怒りじゃない。
恐怖だった。
「……ごめん」
ユキは、すぐに謝った。
反射みたいに。
それが、余計につらい。
「怪我は?」
腕。
足。
顔。
必死に見る。
「……こけただけ」
「……ほんと?」
「……うん」
嘘じゃない。
でも、全部でもない。
それが分かる。
モユルは、深く息を吐いた。
「……外、出ないでって言ったよね」
責めるつもりはなかった。
でも、声が勝手に弱くなる。
「……ごめん」
また、謝る。
(……俺のせいだ)
胸の奥で、何度も繰り返す。
(……俺が、そばにいなかった)
(……俺が、守れなかった)
「……ユキ」
声が、かすれる。
「ごめん……」
膝をつく。
視線を合わせる。
「俺……置いてって……」
「一人にして……」
「……守れなくて……」
言葉が崩れる。
情けなくて。
必死で。
みっともなくて。
ユキは、少し驚いてから、首を振った。
「……ううん」
穏やかに。
「足、怪我しただけだし」
「agjtmが助けてくれたから……」
淡々と。
事実を並べるだけの声。
感情が、ない。
それが一番きつい。
「……だから、大丈夫」
にこっと笑う。
目は、笑っていない。
(……嘘だ)
(……全然、大丈夫じゃない)
モユルの中で、何かが壊れた。
「……違う」
絞り出す。
「違うんだ……」
ユキの手を、そっと取る。
逃がさない程度に。
でも、離さない。
「俺が……悪い」
「俺が……そばにいなかったから……」
ユキは、黙って聞いている。
否定もしない。
肯定もしない。
それが、怖い。
「……もう……」
声が、低くなる。
「もう、絶対に……」
「守るから」
真っ直ぐに。
「誰にも……」
「ユキを、傷つけさせない……」
ユキが、瞬きをする。
少し困ったように。
「……モユル?」
不安げな声。
それが、火をつけた。
(……怯えてる)
(……俺のせいで)
モユルは、微笑んだ。
優しく。
穏やかに。
でも、その奥は、完全に壊れていた。
「……大丈夫だよ」
囁く。
「俺が、全部やるから」
「外も」
「人も」
「危ないやつも」
「全部、俺が処理する」
優しい声で、狂ったことを言う。
「……もう、一人にしない」
「ずっと一緒にいよう」
ユキは、何も言えなかった。
ただ、小さく頷く。
それを見て、モユルは安心する。
(……よかった)
(これで、守れる)
(閉じてしまえば……)
――誰にも、触れさせない。
それが愛だと、本気で信じていた。




