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冷酷で、下品な取引


 結界の内側で、ユキは膝を抱えていた。

 息が、まだ整わない。

 森は静かだった。

 さっきまでの足音も、荒い呼吸も、全部消えている。

 残っているのは――

 自分と、追いかけてきた男と。

 そして。

「……なにしてんの、こんなとこで」

 軽い声。

 ふざけたみたいな調子。

 ユキは、はっと顔を上げた。

 そこにいたのは――

 agjtmだった。

 いつもの笑顔。

 いつもの、余裕ぶった目。

 まるで、散歩の途中で偶然見つけたみたいに。

「……あ」

 声が、掠れる。

 安心と恐怖が、同時に押し寄せた。

(……助け……来た……?)

 でも。

 次の瞬間、その期待は粉々に砕かれる。

「うわー……追いかけられてたんだ?」

 ちらりと、結界の外の男を見る。

「大変だったねー」

 棒読み。

 完全に他人事。

「……たす……け……」

 ユキは、必死に言葉を絞り出す。

「……助けて……」

 agjtmは、一瞬だけ黙った。

 それから。

 ふっと、口角を上げた。

「……うん」

「いいよ」

 即答。

 あまりにも軽い。

 ユキの胸が、少しだけ緩む。

 ――その直後。

「……条件付きだけど」

 その一言で、空気が変わった。

「……え?」

 agjtmは、ゆっくり近づいてくる。

 結界の外。

 触れられない距離。

 でも、近い。

 視線が、絡みつく。

「さっきさ」

「すげー必死だったじゃん」

「可愛かったよ」

 ぞっとする言い方。

 ユキの背中が、冷える。

「……やらせろ、とは言わないよ」

 にやっと笑う。

「さすがにね」

「ここじゃ無理だし」

 一瞬、安心しかける。

 ――けど。

「でもさ」

 agjtmは、首を傾げた。

「処女って、めんどくさいよね」

 何気ない調子で。

 ゴミみたいに言う。

「……っ」

 ユキの喉が詰まる。

「警戒強いし」

「すぐ泣くし」

「面倒くさすぎ」

 全部、刃みたいな言葉。

「だからさ」

 agjtmは、指で空をなぞる。

「簡単な取引にしよ」

「……と、り……ひき……?」

「うん」

 満面の笑み。

「俺の名前、呼んで?」

「葵くん、大好き、抱いて、めちゃくちゃにしてって言って」

 ユキの思考が止まる。

「……だ……いて……」

 声が震える。

「……そんなの……無理……」

 即答だった。

 反射だった。

 agjtmは、わざとらしくため息をつく。

「はぁ……」

「ほら、こうなる」

「めんどい」

 うんざりした顔。

 完全に上から。

「別にさ」

「本気で思わなくていいよ?」

「演技でいい」

「嘘でいい」

 平然と言う。

「言葉だけ」

「それだけで、助けてあげる」

 結界の外で、男が舌打ちする。

 待ちきれない様子。

 時間は、ユキの味方じゃない。

(……あと……一時間……)

(……結界……切れたら……)

 喉が鳴る。

 視界が滲む。

 怖い。

 気持ち悪い。

 逃げたい。

 でも、逃げ場がない。

「……ねえ」

 agjtmは、急に優しい声になる。

「ヤラれたくないでしょ?」

 その一言が、決定打だった。

「……怖いよね」

「分かるよ」

「俺、優しいからさ」

 自己評価が狂っている。

「ちゃんと助けるって」

「だからさ」

 顔を近づける。

 結界越しでも、圧が強い。

「言お?」

「簡単だよ」

 ユキの指が、ぎゅっと握られる。

 爪が食い込む。

 呼吸が、乱れる。

「……あ……」

 声が漏れる。

 喉の奥が、痛い。

 吐き気がする。

(……いや……)

(……いや……いや……)

 でも。

 選択肢がない。

 守ってくれる人はいない。

 今、ここには。

 この男しかいない。

「……はやく」

 agjtmが急かす。

「時間ないよ?」

 ユキは、唇を噛んだ。

 血の味がした。

 それでも。

 小さく、息を吸って。

 震える声で。

「……あ……」

「……あお……い……くん……」

 agjtmの目が、光る。

「……す……き……」

「……だ……いすき……」

 言葉が、喉を裂く。

「……だ……い……て……」

「めちゃ…くちゃに……して」

 最後の一言が、出た瞬間。

 心が、音を立てて壊れた気がした。

 agjtmは――

 満足そうに、笑った。

「……うわ」

「素直じゃん」

「可愛い」

 最悪だった。

 ユキは、俯いた。

 もう、顔を上げられなかった。

「はい、約束通り」

 agjtmは、ようやく武器を構える。

「助けるよ」

 まるで。

 恩を売るみたいに。

 ――こうして。

 ユキは、生き延びた。

 その代わりに。

 “尊厳”を、一つ失った。

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