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最初の味方

王都のセーフティポイントは、騒然としていた。

 ざわざわ。  ざわざわ。

 人の声。  足音。  ひそひそ声。

 そのすべてが、ユキの神経を逆撫でした。

「……なに、ここ……」

 現実の体。  現実の感覚。  なのに、風景はゲームのまま。

 意味が分からない。

 理解が追いつかない。

 けれど、それ以上に――。

「……女だよな?」

「一人だけ?」

「マジ?」

 耳に入ってくる声が、最悪だった。

 遠慮のない視線。  遠慮のない評価。

 見られている。

 全方向から。

 値踏みされるみたいに。  商品を見るみたいに。

 ユキは、無意識に腕を抱いた。

(……やだ……)

 胸が詰まる。

 昔の感覚が、蘇る。

 逃げられない。  囲まれる。  見られる。

 何もしていないのに。

 ただ“女”でいるだけで。

 責任を負わされる感じ。

(……無理……)

 喉が乾く。

 声が出ない。

 そのときだった。

 視界の端に、小さなウインドウが浮かんだ。

《特別支給アイテム》

《パーソナル・ガード》

《効果時間1時間、クールタイム24時間》

《使用しますか?》

「……え?」

 意味が分からないまま、指が動いた。

《YES》

 次の瞬間。

 ふわり、と。

 ユキの周囲に、淡い光が広がる。

 半径一メートル。

 透明な膜。

「うわっ!?」

「弾かれた!」

「なにこれ……」

 誰かが近づこうとして、反発される。

 ざわめきが大きくなる。

 ユキは、呆然と自分の周囲を見回した。

(……結界……?)

 ようやく、呼吸が戻る。

 胸が上下する。

(……助かった……)

 でも。

 安心は、長く続かなかった。

 今度は――。

「特別かよ」

「運営のお気に入り?」

「ずる……」

 そんな声が聞こえる。

 視線が、より鋭くなる。

 守られているはずなのに。

 余計に、浮いてしまった。

(……なんなの……)

 居場所がない。

 どこにも。

 そのとき。

「……大丈夫?」

 低く、穏やかな声がした。

 振り向く。

 そこに立っていたのは――

 ひときわ目立つ男だった。

 背が高い。  姿勢がいい。  顔が整いすぎている。

 清潔感の塊みたいな服装。

 まるで、現実世界のモデル。

 ――モユル。

 ランキング1位。

 誰もが知る存在。

 ユキは、思わず目を見開いた。

(……え、なんで……)

「無理しなくていいよ」

 彼は、優しく言った。

「ここ、かなり異常だから」

 当たり前みたいに。

 責めない。  詮索しない。

 ただ、状況を受け止める。

 その態度に、胸が緩む。

「……怖いよね」

 その一言で。

 ユキの中の緊張が、崩れた。

「……うん」

 小さく頷く。

「俺、モユル」

 軽く名乗る。

「一応……1位だけど」

 苦笑。

 嫌味ゼロ。

「よかったら、俺の近くにいな」

「変なの来たら止めるから」

 そう言って。

 自然に、ユキの横に立つ。

 結界の外側。

 盾の位置。

 それだけで、空気が変わった。

「……あ、1位だ」

「やめとこ」

「めんどくさ……」

 男たちが離れていく。

 モユルは、気にしない。

「……少しは楽?」

 静かに聞く。

「……うん」

 正直だった。

 ここに来て、初めて。

 安心した。

「よかった」

 微笑む。

 優しい。

 完璧。

 出来すぎている。

 なのに――。

 ユキは、疑わなかった。

(……この人……大丈夫な人……)

 信じていい。

 そう思ってしまった。

 モユルは、そっと視線を逸らす。

(……やっぱり……)

 胸の奥で、何かが疼く。

(……同じだ……)

 あの子と。

 あの夕焼けの少女と。

 同じ空気。

 同じ目。

 同じ、危うさ。

(……また、失うのか……?)

 いや。

 今度こそ。

 離さない。

 そう、心の奥で誓いながら。

 彼は、優しく笑い続けていた。


―――

 それから、しばらく。

 ユキは、モユルの隣に立ったまま、動けずにいた。

 周囲の視線は、完全には消えない。  けれど、明らかに弱まっている。

 さっきまでの――  獲物を見る目じゃない。

 「触ったらヤバい」対象を見る目。

 それだけで、どれほど救われるか。

(……すご……)

 内心、素直に思う。

 たった一人、隣に立っているだけで。  世界の態度が、ここまで変わる。

 それが、ランキング1位の力。

 同時に。  それが、怖くもあった。

「……ユキ」

 モユルが、小さく呼ぶ。

「一人で動かないほうがいい」 「今の空気、正直よくない」

 声は柔らかい。  でも、中身ははっきりしている。

 警告だ。

「……うん」

 ユキは、すぐに頷いた。

 反論する気力なんて、ない。

「とりあえずさ」 「少し離れた場所、行こ」

 人の少ない方向を、顎で示す。

「ここ、人多すぎ」

「……わかった」

 ユキは、結界の内側から、一歩踏み出す。

 モユルが、すぐ隣を歩く。

 一定の距離。  離れすぎず、近すぎず。

 守るための距離。

 ―――

 噴水広場から外れた、小さな路地。

 人通りは、かなり少ない。

 ようやく、息がつける場所だった。

「……はぁ……」

 ユキは、思わず座り込んだ。

 石畳の冷たさが、逆に心地いい。

「……疲れたよね」

 モユルも、隣に腰を下ろす。

 距離は、ちゃんと空けたまま。

 触れない。  触れさせない。

 徹底している。

「……ごめん」 「いきなり、こんなとこ来て」

「……ううん」

 ユキは、首を振った。

「……助けてくれて、ありがとう」

 小さな声。

 でも、本音だった。

 あのままだったら――  どうなっていたか、考えたくもない。

「気にしなくていいよ」

 モユルは、軽く笑う。

「放っておけなかっただけ」

 あっさり。  まるで当然みたいに。

 でも。

 その言葉に、ユキの胸が少しだけ締まった。

(……放っておけなかった……)

 理由を聞かない。  見返りを求めない。

 ただ、守る。

 それが、余計に怖い。

「……ねえ」

 ユキが、恐る恐る聞く。

「……みんな、ずっと……こんな感じなの?」

「ん?」

「……女ってだけで……」

 言葉が、続かない。

 でも、伝わった。

 モユルは、一瞬だけ黙る。

「……たぶん、続く」

 正直な答え。

「むしろ、悪化する可能性もある」

 ごまかさない。

「ここ、逃げ場ないし」 「男しかいないし」

 事実だけを並べる。

 ユキの顔が、わずかに青ざめる。

「……でも」

 モユルは、すぐに続けた。

「俺がいる」

 静かな声。

「俺が、できる範囲で守る」

 範囲。  できる範囲で。

 無責任なことは言わない。

 でも、逃げもしない。

「……ずっと?」

 ユキが、ぽつりと聞く。

 自分でも、驚くくらい弱い声だった。

 依存の入り口みたいな声。

 モユルは、少しだけ目を伏せる。

「……できるだけ」

 曖昧な答え。

 でも。

 ユキは、それで十分だった。

(……この人がいるなら……)

 そんな考えが、自然に浮かぶ。

 危険な考えだと、気づかないまま。

 ―――

 モユルは、ユキを横目で見ながら、心の中で呟く。

(……やっぱり……)

 弱い。  無防備。  優しさに、すぐ寄りかかる。

 あの子と同じだ。

 夕焼けの公園の少女と。

(……また……同じことになるのか……)

 失う未来しか、見えない。

 それでも。

(……離せない)

 もう、決まっている。

 理性よりも。  経験よりも。  恐怖よりも。

 この感情の方が、強い。

「……ユキ」

「なに?」

「今日は……俺と一緒に動こう」

 提案じゃない。

 ほぼ、決定事項。

「クエストも、買い物も」 「全部」

 囲い込みの、第一歩。

 まだ、本人は自覚していない。

「……うん」

 ユキは、迷わず頷いた。

 その笑顔を見て。

 モユルの胸が、少しだけ痛んだ。

(……ごめん)

(……もう……戻れない)

 こうして。

 ユキは、最初の“拠り所”を手に入れた。

 同時に。

 最初の“檻”にも、足を踏み入れたのだった。

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