エピローグ
「暖かい陽の光が降り注ぎ、桜の蕾も膨らみ始め、春の訪れを感じる今日、私たちは卒業の日を迎えました」
壇上で藤原が、卒業生を代表して答辞を述べている。目を潤ませる者がいる。すでに大泣きしている者もいる。駆けつけた多くの親たちも、感激で目頭を押さえている。
そんな中でこの手の式典を大の苦手としている良樹は、生まれて初めてキチンとした態度で卒業式に臨んでいた。
そんな良樹の横顔をチラリと見やった志保は、嬉しそうな笑みを浮かべ、壇上の藤原へと視線を戻した。
「川島。真面目な顔して卒業式に出てたね。初めてなんじゃない?」
卒業式を終えた後の教室。いつもの調子で美咲が軽口を叩く。
「まあな。俺はさ、生まれ変わったんだよ」
「そお? アタシには全然変わってないように見えるけどね」
「うっせぇなぁ。俺が自分で変わったと思ってるんだから、それでいいんだよ」
「よしくんは中学校の3年間、どうだった? 楽しかった?」
「そうだなぁ……楽しかったことも苦しかったことも、いっぱいあったな」
「苦しかったことは、自分が原因だったんじゃん」
「わかってるから、もう言うなよ。そういう志保はどうだったんだ?」
「私? 私は、うーん……私もよしくんと同じかなぁ……」
「志保の苦しみの原因も川島だったね」
「もう……勘弁してくれって」
口ではそう言う良樹だが、もちろん本音は違う。
「それにしても……志保と江藤とは、結局3年間同じクラスだったな」
「そうだね。もしかしたら、高校でも同じクラスだったりするかもしれないね」
「いやいや、まさか、いくらなんでもそんなわきゃねえだろ」
「なによ川島。アンタ、アタシと志保が同じクラスで不満なわけ?」
「……もう何度目だよ、このやり取り」
「楽しそうなとこ悪いけど、そろそろタイムカプセル埋めに行こうよ」
良樹たちの教室に来た市原が、そう声をかけた。
「ちょっと待って。まだ藤原と一美が来てないのよ」
「お待たせー」
「待たせちゃってゴメン。後片付けが手間取っちゃって」
藤原と渡辺が、二人揃って教室に入ってきた。
市原の表情が、ふっと緩む。
美咲が不思議そうな顔で首をかしげていた。
「ふーん……」
「なによ、美咲」
タイムカプセルを埋める校舎裏に6人は向かっていた。
前を並んで歩く藤原と渡辺を交互に見て唸っている美咲に、渡辺がいぶかし気に尋ねる。
「私と藤原くんに、何かついてるの?」
「いや、こうして見るとさ、一美と藤原って、案外お似合いだなぁって思ってさ」
「なっ!」
「なによ、市原。なんでアンタが驚くのよ」
驚きの声を上げたのは、言われた当人たちではなく、美咲の隣りにいた市原だった。
「あ、いや、なんでもないよ。ちょっと躓いちゃったからさ。ビックリして声が出ちゃっただけだから」
さっきといい今といい、市原の反応がどうもおかしい。
また歩き出しても、市原の視線は、どうも一点を見つめているように思える。
(なるほど、そっかぁ)
美咲の頬が思わず緩む。彼女は市原の脇腹に軽くパンチを入れた。
「な、なに?」
「ううん。別になんでもないよ」
「なにそれ」
「市原、まあ、頑張んなよ」
「はぁ? なんの話?」
「いいからいいから。気にしないの」
後ろを歩く4人のやり取りを、良樹と志保は、時々後ろを振り返りながら聞いていた。
「なんだか、2年の頃がウソみたいだな」
「そうだね。私、まさか渡辺さんと仲良くなるなんて、思わなかったもん」
「俺もだ。まさか藤原と友達になるなんてなぁ。我ながらビックリだよ」
「でも、ホントによかった。よかったね、よしくん」
「ああ、そうだな。志保……その、ゴメンな」
「えっ? なにが?」
「いや、2年の頃の俺って、ホントにバカなガキだったからさ。オマエのことずいぶん傷つけてたなって思ってさ」
「今ごろ? ふふ、もう過ぎたことだし、気にしないで。私ももう気にしてないから」
「そっか。ありがとな」
「そんなことより、高校生活も楽しくなるといいね。よしくん」
「ああ、楽しく過ごそうぜ」
「そういえば、よしくん。第二ボタン付いたままだね」
「第二ボタン? ああ、そんなの欲しがる女の子なんて、ホントにいるのかよ」
「いるんじゃない? だって市原くんも藤原くんも付いてなかったもん」
「えっ? マジか……あいつら……」
「私がもらってあげようか?」
志保が悪戯っぽい笑顔を浮かべながらそう言った。
「なんで上から目線なんだよ。でも、いいぜ。欲しいならやるよ。ほら」
良樹はそう言うと第二ボタンをちぎり取り、志保に手渡した。
「えへへ、ありがと」
ちょっぴり頬を紅く染めながら、志保が嬉しそうに言う。
ホントは女の子の申し出を断って、志保のために取っておいた……そんな真実を良樹は決して口にしない。
「さて、じゃあ穴も掘ったし、みんなそれぞれ書いてきた手紙を、この缶の中に入れてくれよ」
それは6人がそれぞれ10年後の自分に宛てた手紙だった。
「卒業式の後、この6人でタイムカプセルを埋めないか?」
藤原がそう提案した時に、反対する者は誰もいなかった。むしろ全員が乗り気だった。
志保の手紙
「……10年後の私へ。あなたは今、彼の隣で笑っていますか?」
良樹の手紙
「……10年後の俺へ。ちゃんとアイツのこと、守れてるか? 約束は果たせているか?」
市原の手紙
「……10年後の僕へ。まだあの太陽みたいな笑顔に、勝てないままでいるのかい?」
渡辺の手紙
「……10年後の私へ。あなたはもう、誰かの名前を呼んでいますか?」
美咲の手紙
「……10年後のアタシへ。志保が泣いてたら、アンタ、絶対に許さないからね!」
藤原の手紙
「……10年後の僕へ。キミは誰かの二番目じゃなく、一番の『親友』になれていますか?」
「バラバラになっちまうってほど離れるわけじゃねーけど、10年後にみんなでここに集まって掘り返そうぜ」
「うん。そうだね」
志保の答えに合わせて、他の四人もウンウンと頷いている。
「10年後かぁ、どんなアタシになってるんだろうなぁ」
美咲のその一言をキッカケに、他の五人もそれぞれの10年後に想いを馳せている。
大学を出て就職しているだろうか。
それとも、もっと違う道を歩んでいるのだろうか。
恋人は、いるだろうか。
充実した日々を、送れているだろうか。
雲ひとつ無く真っ青に澄み渡った空を、いつしか6人とも見上げていた。
彼らの目の前には、希望に満ちた溢れた無限の明日が、どこまでも広がっている。




