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お邪魔だったみたいだね

(どうしたの? 何に怒ってるの、川島くん……。私にはそんな顔、一度も見せたことないよね?)

 

 同じ班のコが土産屋に忘れ物をしたので、渡辺は一緒に店まで取りに戻った。

 そして良樹が市原の胸ぐらを掴んで、今にも殴りかかりそうになっている場面に出くわしてしまった。

 良樹の顔は渡辺が一度も見たことのない、怒りと、焦燥と、そしてどこか助けを求めるような子供じみた表情をしていた。

 

(え? なんで? 二人って親友じゃなかったの?)

 

 彼女の頭の中を無数の疑問符が渦巻いた。目の前で起きている状況を上手く理解できない。

 

(いったい何があったの?)

 

 断片的に「カノジョを不安にさせて、槇原さんを悲しませて」という市原の声が聞こえてきた。

 

(それって私にも関係してるってこと?)

 

 たしかに土産物屋では良樹が上の空だったから少し悲しかったけれど、だからといって腹を立てたというほどでもない。

 ハラハラしながら見守っていると、店から志保たちが出てきた。おそらく表の騒ぎに気づいたのだろう。それはまさに飛び出してきたという感じだった。


 その後に起こった全ての出来事を、彼女は見てしまった。

 市原の胸ぐらを掴んでいた良樹の腕にしがみつく志保を、良樹が乱暴に振り払ったことを。

 それによって転んだ志保と、散らばった何かを。

 怒りに燃える美咲の叱責と、志保の涙を。

 そして、そこまでいってようやく我に返った良樹を。

 

(……どうして?)

 

 気づきたくなかった。だが、彼女の心の中で、パズルの最後のピースがカチリと音を立ててハマった気がした。

 

 冷静さを完全に失って鬼の形相だった良樹を、一瞬で我に返らせたのは……それができたのは、志保のたった一筋の涙だった。


 ――アンタがいま手にしているものは、志保が何年もかけて大切に大切に育んできたものなんだからね。


 以前美咲に言われたその言葉が、ふと頭に浮かんだ。


 ――アンタがどんなに頑張ったって、川島にとっての本当の特別には絶対になれないよ。


 美咲はそうも言っていた。


(……ああ、そうか)


 もう、誤魔化しようがなかった。

 

(……本当、だったんだな)

 

 目の前の風景が、ぐにゃりと歪んだ。

 

(……こんなの……勝てるわけないじゃん)


 自分は結局あの二人の物語の『登場人物』にはなれても、良樹にとっての『主人公』にはなれないのだと、たったいま思い知らされた。

 

(もし川島くんに泣いたり喚いたりしたら、どうなるんだろう?)

 

 そんな想いが、ふと頭をよぎる。

 でもそれはきっと、自分が物語をややこしくする邪魔者になるだけだと、すぐに考え直した。

 

(それはちょっと……イヤだなぁ……)

 

 だから、彼女は笑った。精一杯優しく、大好きな良樹のカノジョを演じるために。

 

「……ごめん。お邪魔だったみたいだね」

 

 ついそう言ってしまった。本当は言いたいことがたくさんあるのだ。私のことも見てよ、そう本当は言いたかった。

 でも、その言葉は良樹には届かない気がする。いや、そもそも最初から届いていなかったのかもしれない。

 

 良樹に背を向けて彼女は歩き出した。握りしめたお揃いのキーホルダーが、手のひらに食い込んで痛い。

 班のみんなが、心配そうにこちらを見ていた。

 

(……ああ、そっか。まだ終わってないんだっけ。修学旅行)

 

 渡辺は、一度だけ深く深く息を吸った。唇をぎゅっと噛み締め、こみ上げてくる何かを必死に喉の奥に押し戻す。

 そして、今までで一番完璧な笑顔を作って、みんなの元へと駆け寄った。

 

「ごっめーん!  ねぇねぇ、次どこ行くんだっけ?  私、お腹すいちゃったなー!」

「さっきお昼食べたばっかじゃん」

「そうだけど、なんか食べたいんだもん!」

 

 けたたましいほどの明るい声。その声が、自分のものではないみたいに遠くに聞こえた。

 手のひらの痛みだけが、これが現実なのだと彼女に教えている。

 

 握りしめたキーホルダー。

 これは良樹とお揃いのものだけれど、彼を好きだったという、ただそれだけの思い出の品になってしまうかもしれない。それでも……。

 

(初めてのカレシとお揃いだもん。手放せないよ、絶対……)

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