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嫉妬という名の熱病

 翌朝、良樹は最悪の寝覚めと共に食堂へ向かった。

 

 結局昨夜はほとんど眠れなかった。

 目を閉じると、どうしても思い出してしまう。

 布団の中の、あの熱気を。

 腕の中に閉じ込めた、志保の身体の華奢な感触を。

 彼の胸に直接響いてきた、あのめちゃくちゃに速い心臓の音を。

 そして……あの甘い香りを。

 

 それらを思い出すそのたびに、良樹の心臓までもがうるさく鳴り始める。


 ――ダメだ。


 とてもじゃないが眠れやしなかった。


(……クソっ。なんなんだよ、一体……なんでこんなに、志保のことばっかり考えちまうんだよ)


 

 食堂のテーブルに着くと、同じ班のメンバーたちも次々と集まってくる。その中には当然志保もいた。

 

(志保は昨夜寝られたのかな……もしかしたら、俺だけがこんな気持ちなのか?)

 

 目が合った瞬間、志保は気まずそうにサッと視線を逸らした。その態度に良樹の胸がチクリと痛んだ。

 

(やっぱり昨日のこと気にしてるのかな。当たり前か。もしかしたら、志保はイヤだったのかもしれないし……)

 

 気まずい沈黙が流れる中、爽やかな声がそれを打ち破った。

 

「みんな、おはよう」

 

 藤原だった。

 

「おはよう、槙原さん、江藤さん……昨日は、大変だったね。あのあと大丈夫だった?」

 

 彼は、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。しかしその声には、明らかに昨夜の騒動を気遣う響きがあった。

 

「あ、う、うん。藤原くんこそ、ごめんね。なんか、色々巻き込んじゃって」

 

 志保は藤原の問いに、少し上ずった声で答えた。顔が、ほんのり赤い。

 それは、まるで二人だけに通じる秘密の会話のようだった。

 その光景を見た瞬間、良樹の腹の底で何かが黒く渦巻く。

 

(なんだよ藤原のヤツ……)

 

 もちろん藤原は先に脱出していたので、そのあと良樹と志保に何があったかなど知りはしない。

 ただ昨晩のドタバタ騒ぎに触れて、志保と美咲を気遣っただけだ。

 だが良樹はそう受け取らない。

 理不尽な感情が湧き上がってくるのを、彼は自分でも止めることができない。

 

(俺とは目を合わせようともしないくせに、藤原とは普通に話すのかよ)

(なんで、そんな赤い顔してんだよ……)

(なんでオマエは、そんな安心しきった顔してんだよ)

(俺の前では、あんな怯えたみてえな顔してたくせに)

 

 志保のそのぎこちない態度は、良樹の目には全く違う意味に映ってしまっていた。

 彼は志保のぎこちない様子が、昨夜自分と布団の中にいたことで眠れなかったせいだとは夢にも思わない。

 ただ自分の知らない何かを藤原と二人で共有して、特別な空気を醸し出していると勝手に勘違いしている。目に見えているものを勝手に誤解している。そして一人で勝手にイラついている。


 昨夜腕の中に感じた、志保の柔らかさと心臓の音。その感触が、まだ自分の身体にこびりついていて離れない。

 その熱を今、目の前で藤原が奪おうとしている。そんな妄想にも似た暴力的な感覚が良樹にはあった。

 

 ――志保は、俺のもんなのに。

 

 そう思った瞬間、彼はイラ立ちに任せて、持っていた箸を食器トレイの上に、カタン! と少しだけ強く置いてしまった。向かいに座っていた美咲が、訝しげな顔で良樹を見る。

 

 やってから、マズい、と思ったがどうしようもなかった。

 

 志保もその音にビクッと肩を揺らした。そして不安そうな瞳で、一瞬だけ良樹を見た。

 その瞳に何を言えばいいのかわからなくて、良樹はまた、そっぽを向くことしかできなかった。

 

(俺、いま、なにを思った?)


 良樹は自分の頭の中を一瞬よぎったソレに、自分自身でうろたえた。志保は俺のものだと、そう彼は確かに思ったのだ。

 そんなこと、今まで考えたこともなかった。

 

 良樹にも何がなんだかわからない。ただ、胸の奥が焼けつくように熱い気がした。


 ――志保が藤原と仲良くしだしたのは、夏休みの頃からだっけ……。

 

 不意にそんなことを考える。

 

(……何が違うんだよ。夏休み前と今と)


 以前の良樹は、志保が誰と話していても何も感じなかった。

 なのに今は、藤原がただ志保の名前を呼んだだけで、腹の底が黒く煮えくり返るのだ。


 いや、違うのは、周りの状況じゃない。

 

(……違うのは、俺の方なのか……?)

 

 昨夜、腕の中に感じたあの熱。

 その熱が、自分の中の何かを完全に変えてしまったのかもしれない。

 けれど、じゃあもし、自分の中で何かが変わたのだとしたら。

 

 ――じゃあ、渡辺は、どうなるんだ?

 

 自分が好きになったはずの渡辺への気持ちは、彼女への想いはどこに行くのだろう。

 わからない。

 考えたくない。

 その答えを知ってしまったら、この世界が全部壊れてしまうような気がする。

 良樹は自分がその答えに気づくのが、ただひたすらに怖かった。

 

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