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この感情はなに?

 良樹たちの中学校には給食がない。そして屋上がいつも開放されているので、彼ら4人はだいたい毎日一緒に屋上でお弁当を食べている。

 

「そういえば川島さ、最近渡辺さんと仲良いんだって?」

「いや、何の話だよ」

「知らないの? 川島が浮気してるって、最近噂の的だよ?」

 

 良樹は、はぁ、と大きくため息をついた。

 その手の話は、小学生の時に志保と一緒に通学するようになり、やがて一緒の家で暮らしているとバレてからは格好の標的にされた。

 もう今更いちいち反応するのも疲れる。

 

「俺は志保以外の女の子と話すだけで、なんでいちいち浮気とか言われんのかね」

「まあまあ。で? 渡辺さんと仲が良いって、ホントなの?」

「席が隣りなら、誰だってなんか話すだろ。別に普通じゃねーの?」

「普通なのかなぁ?  結構楽しそうに話してるって聞くけど」

 

 市原は、黙って良樹を見つめていた。

 その瞳には、いつものような、からかうような光は全くなかった。

 

「で? 川島は渡辺さんのこと、どう思ってんの?」

 

 あまりにもまっすぐな質問に、志保は思わず息を呑んだ。

 自分が一番聞きたいこと。でも、絶対に聞けないこと。それを市原が、いとも簡単に口にしてしまった。

 良樹は、まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、少しだけ面食らった顔をした後で、頭をガシガシと掻きながら答えた。

 

「どうって……別にどうもこうもねえよ。アイツ、見た目と違って話すと面白いし……色々噂はあるみたいだけどさ、悪いヤツじゃないと思うんだよ、俺はさ」


 ―― 悪いヤツじゃない。


 その言葉が、志保の胸に重くのしかかる。良樹は否定、してくれなかった。ただのクラスメイトだと、笑い飛ばしてはくれなかった。

 

「ふーん……」

 

 市原は良樹の答えを聞いて、何かを納得したように短くそう呟くと、それ以上は何も言わなかった。

 

「何よ市原。川島が渡辺さんと話してるのが、そんなに気になるわけ?」

 

 美咲がそう問いかける。

 

「別にそんなんじゃないけどさ……ただ、ちょっと気になっただけだよ」

 

 そう言って笑う市原の横顔は、いつものようなカラッとした笑顔ではなく、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。


 


 2人きりの帰り道、先に口を開いたのは良樹だった。

 

「昼間市原が言ってたこと、気にすんなよ。俺と渡辺は、別になんでもねえんだから」

 

 なんだか言い訳のような、その言葉。

 それを聞いた志保は、ただ静かに首を横に振った。

 

「……ううん。気にしてないよ」

「……そうか?」

「うん。……むしろ、良かったなって、思ってる」

「……は?」

「だって、よしくん、今まであんまり女の子と話さなかったから……。渡辺さんと話してる時、すごく楽しそうだったから……良かったねって」

 

 志保は作り笑顔でそう言った、自分の声が、やけに遠くに聞こえる気がする。

 

 ――よかったなんて、一ミリだって思ってないくせに。


 自分の口から出てきた、そのあまりにも白々しいその言葉に吐き気がした。

 志保は自分以外の女の子と良樹の相性なんて、今まで一度も考えたことなんてなかった。


 考えたくもなかった。

 

「……そうか。まあ、たしかに話が合うんだよな。渡辺とは相性が良いのかもしんねえな」


 志保が意図的に出さなかったその名前を、良樹は簡単に口にする。

 無邪気なその一言が、最後の引き金だった。

 志保は胸の奥から込み上げてくる何かを、必死に飲み込む。

 俯いた彼女の足元に、夕日が濃くて冷たい影を落としている。

 その影は、まるで2人の間にできてしまった、決して越えられない溝のように見えた。


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