球技大会秋の陣
秋の球技大会。今回良樹はバスケにエントリーした。藤原も同じくバスケだ。
「おまえ、バスケできんの?」
良樹がそう尋ねると、藤原は「少しだけどね」と答えた。
「中学では部活に入らなかったけど、小学生の時はけっこう打ち込んでたんだ」
「ふーん。見かけによらないんだな」
「少なくとも足は引っ張らないで済むと思うよ。川島くんには敵わないけどさ」
「そっか、じゃあ秋はバスケで優勝できるかもな」
「僕も頑張るから、絶対優勝しようよ!」
藤原は、そう言って人懐っこく笑った。
試合前、教室でチームメイトとの作戦会議が行われた。
「難しい作戦なんかいらねーよ。黙って俺にボールを集めればいい。俺が勝たせてやるよ」
良樹は、わざと周りを見渡すように、そう言い放った。
――川島くん、何を言い出すんだ。
藤原は耳を疑った。彼の知るかぎり、良樹が他人を見下すようなことを言ったことはないし、聞いたこともない。だからこそ春の球技大会での良樹の活躍を、クラス中で祝福することができたのだ。
だが、今のこの発言はどうだろう?
良樹のその自己中心的な主張に、チームメイトたちは誰もが驚きの表情を浮かべている。
だが良樹はそんなこともお構いなしに、傲慢な発言を続けた。
「オマエらが俺の足を引っ張りさえしなけりゃ勝てるから」
「何も考えないで、黙って俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ」
「勝ちたかったら、俺のジャマだけはするなよな」
チームメイトたちの驚きの表情は、やがて困惑となり、そして今や軽蔑へと変わってしまった。
チームの空気を素早く察した藤原が「バスケはチームプレーが大事だから、川島くん1人じゃ勝てないよ」と良樹をたしなめるが、当の本人は気にもかけない。
試合前から、すでに不穏な空気は明らかに漂い始めている。
試合が始まる。良樹は試合の序盤、やはり圧倒的な個人技で得点を重ねた。
(デカい口を叩くだけのことあるんだよなぁ)
チームメイトたちも、背に腹は代えられないとばかりに良樹へパスを回す。悔しいが良樹の実力は本物なのだ。
だが彼自身は周りにパスを出さず、自分ひとりで強引に仕掛けるプレーに終始する。
「おい、川島。何やってんだよ。今のは自分で仕掛けるよりパスを出す場面だろ」
「うるせえなぁ。いいから黙って俺にパス出しとけよ」
チームメイトたちは、次第に良樹のプレーに対して不満を募らせていき、だんだん彼にはボールが回ってこなくなった。
しかしそれによって点差はどんどん詰められていく。
「おい! なにやってんだよ! 俺にパス回せって!」
良樹は何度もそう叫ぶが、彼に不信感を抱き始めているチームメイトからパスは出ない。
(マズイぞ。みんなギクシャクしてる。なんとかしないと)
その不協和音を、必死に繋ぎ止めたのは藤原だった。
「川島くんだけじゃダメだ! みんなで攻めよう!」
「ナイスカット! その調子でいこう!」
「攻守の切り替え、意識していこう!」
藤原は懸命に声を出し、パスを回し、チームを鼓舞した。
冷静に周りを見ながらパスを出し、時には自分で得点を決め、ギリギリのところでリードを保ち続けることに大きく貢献していた。
今この時、コート上のエースは明らかに良樹ではなく、間違いなく藤原だった。
「……見てらんないわね、アイツ。完全に空回りしてるじゃん」
試合を見ていた美咲が辛辣なセリフを吐いた。
「見ていて、なんか痛々しくなってきちゃう」
美咲は哀れみすら感じていた。当の本人は、今の自分をどう思っているのだろう。
「なにやってんだろうね、まったく。どうかしてるよ、川島のヤツ」
「……」
志保は何も言えなかった。ただ、コートの中で孤立していく小さな良樹の姿と、必死にチームをまとめようとする大きな藤原の姿を、複雑な思いで見つめていた。
藤原の奮闘で試合にはかろうじて勝利したものの、試合後の雰囲気は最悪だった。
教室に戻っても、誰も口を開かない。それほど鬱憤の溜まる試合だったのだ。
「なんで俺にパス出さねえんだよ!」
沈黙を破ったのは良樹の怒声だった。彼は怒りに任せて、周りのチームメイトを睨みつけた。
「お前が一人でやりすぎるからだろ!」
一人のチームメイトが、恐れることなく言い返すと、それを皮切りに溜まっていた不満が次々と皆から噴出した。
「ガチガチにマークされてるヤツにパス出してどうすんだよ! パスを寄越せ寄越せって言うなら、その前にフリーになる努力しろよ!」
「外してたろ! どこ見てたんだよ!」
「あんなのは外したうちに入んねえんだよ! スポーツ万能の川島様が、それくらいも分かんねえのかよ!」
棘のある言葉が、四方八方から良樹に突き刺さる。それは春の大会では彼を「ヒーロー」と称賛した、同じクラスメイトたちの言葉だった。
「まあまあ、みんな落ち着いて。とにかく勝ったんだから、いいじゃないか」
その険悪な空気の間に入ったのは、やはり藤原だった。
「次はもっと連携を取れるように、みんなで話し合おうよ。な?」
その言葉に他のチームメイトたちは「……藤原が言うなら」と、しぶしぶ矛を収めた。そう、彼らはもう、このチームのエースが誰なのかをキチンと理解していたのだ。
その事実に、良樹は、屈辱で奥歯をギリリと噛み締めた。そして、藤原に、吐き捨てるように言った。
「……なんでお前が仕切ってんだよ。カッコつけてんじゃねえぞ」
その、あまりにも理不尽で子供じみた悪態。
「おい! 川島! それはないだろ!」
「そうだよ! 今の試合を勝てたのは藤原のおかげじゃないかよ! それをそんな言い方するなんて」
教室の空気が再び凍りつく。
自分たちのために必死で戦ってくれた藤原に対する、そのあまりにも恩知らずな言葉に、とうとうチームメイトたちが非難の声を上げる。
彼らはもはや軽蔑を通り越して、怒りの眼差しで良樹を見ていた。
しかし藤原は、怒るでもなければ悲しむでもなかった。
「カッコつけてる、か……」
彼はただ、真っ直ぐに良樹の瞳を見つめ返し、静かに、しかしはっきりと告げた。
「……それでも、僕は勝ちたいから。このチームで」
その瞳には、憐れみも敵意もない。ただ、勝利への揺るぎない意志だけが宿っていた。
そのあまりにも真っ直ぐな瞳に、良樹は何も言い返すことができなかった。まるで自分の心の、最も醜く最も弱い部分を見透かされてしまったような気がして。
良樹は誰に言うでもなく「……ちくしょう」と、か細い声で呟いた。
藤原を中心に、自分を抜きにして次の作戦を話し合うチームメイトたちの声が、やけに遠くに聞こえる。
(もう、誰も俺のことなんて見ていないのか……)
良樹は、チームの輪から一人離れ、壁に背をもたれて、ずるずると座り込んだ。
床の、ひんやりとした冷たさだけが、やけにリアルだった。
試合に勝ったはずなのに、そこにあったのは完全な敗北と、そしてどうしようもないほどの孤独だけだった。




