表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/46

夏休み

 夏休みになったからといって、特別何かが変わるわけではない。

 良樹は休みに入った途端、毎日のように遊びに出かけていた。

 その楽しそうな背中を見送るたびに、志保の胸の奥がズキリと痛む。

 

 志保はといえば、なんとなく何もする気が起きず、ただダラダラと毎日を過ごしてしまっていた。

 窓の外では、蝉がうるさいくらいに鳴いている。

 その鳴き声は「オマエはいつまでそうしてるんだ?」と急き立てているように聞こえた。

 

「図書館にでも行こうかな……」

 

 カレンダーはもう8月に変わっていたが、まだ宿題には手を付けていなかった。

 別にどこでもよかった。別に何でもよかった。図書館じゃなくっても、今のこの気持ちを紛らわすことが出来れば、それでよかった。

 

「図書館で宿題しようかな……」

 

 美咲と遊びに行ってもいいのだが、誘えばきっと付き合ってくれるとは思うのだけれど、それでも何となく遊びに行く気分にもなれず、結局その日は家から歩いて10分ほどのところにある区立図書館へ行くことにした。いずれにしろ宿題はしなくてはならないのだし。



 「あれ? 槙原さん? 槙原さんだよね?」

 

 売店でジュースを買って飲んでいた志保に、そう声をかけてきたのは藤原だった。

 

「あ、藤原くん」

 

 もう夏休みなので、藤原が志保に会ったのは花火大会の時以来だ。

 

「1人?」

「うん。ヒマだったから宿題しようかなって思って。藤原くんは?」

「僕も1人なんだ。僕は本を読みに来たんだけどね」

「そっか。藤原くん、本好きだもんね」

「槙原さんは、もうお昼食べた?」

「ううん。まだだけど」

「そっか……槇原さん、あのさ……よかったら一緒に昼ごはん食べない?  その、せっかくここで会ったんだし、さ。どう?」

「うん、そうだね……いいよ。ちょうどお昼だし、もう食べに行く?」

「え……」

 

 

 藤原から一緒にお昼ご飯を食べないかと誘われて、志保は少し迷ったけれど一緒に食べることにした。

 行き先は図書館から歩いて5分くらいのところにある、駅前の森永ラブ。ハンバーガーのお店だ。

 

 良樹以外の男の子と2人きりでご飯を食べるのは初めてなので、志保は少しドキドキしながらストローでソーダをかき混ぜる。

 

「宿題やってたんだよね? 進んだ?」

 

 沈黙を破ったのは、藤原の方からだった。

 

「うーん、まだちょっとしか進んでないかな。実は今日からやり始めたの」

「えっ、そうなの?」

 

 藤原は、ハンバーガーを口に運びかけたまま、心底意外だという顔で目を見開いた。

 

 「槙原さんのことだから、もう半分くらいは終わらせてるかと思ってたよ」

 

 その反応に、志保は思わず小さく笑ってしまった。

 

「……意外?」

 

 志保がそう言うと藤原は頷いた。

 

「意外って言うか……うーん……あの、槙原さんって要領が良いって言うか、無駄が無いって言うか……なんかそんな感じが僕はしてたからさ」

「私って、そんな風に見えるんだ」

「だってクラス委員の仕事とか、いつも完璧にこなしてるじゃない?  だから、てっきり私生活でも、何でもきっちり計画通りに進めるタイプなのかなって」

「そんなことないよ。全然。夏休みの宿題は、毎年ギリギリになるタイプだもん」

「そっか……」

 

 藤原は、なんだか嬉しそうに、はにかんだ。

 

「なんだか、安心した。僕も、読書感想文がいつも最後まで残っちゃうんだ」

「ふふ、一緒だね」

 

 共通点を見つけたことで、ふたりの間の空気が、ふっと和らいだ。

 藤原は、彼女が笑ってくれたことが嬉しくて、少しだけ饒舌になった。

 二人の柔らかな時間が、静かに過ぎていく。


 ――こんな風に笑ったの、いつ以来かな。


 良樹の隣で無理やり作っていた、あの引きつった笑顔とは違う。

 美咲や市原くんに心配をかけまいと被っていた、あの仮面とも違う。

 目の前で、藤原は少し照れくさそうにはにかんでいる。

 その穏やかな空気が、ずっと張り詰めていた志保の心の、何かをふっと緩めていった。

 

「でも、やっぱりすごいよ、槇原さんは。僕にできないことができるし、よく気がつくし、いつも尊敬してるんだ」

 

 真っ直ぐな瞳でそう言われて、志保は顔が熱くなるのを感じた。良樹や市原からは、絶対に言われない種類の褒め言葉だったからだ。

 

(そっか……私、そんな風に見えてたんだ……)


 良樹は「手が、かかる、ヤツ」だと言う。

 美咲は「放っておけない」と言う。

 だが、目の前の彼は「尊敬してる」と言ってくれる。


 ――そんな私がいるって、知らなかったな。

 

 それはまるで、埃をかぶっていた宝物を見つけ出してもらったような、ちょっと不思議で、そして少しだけ誇らしい気持ちだった。



 藤原と別れた後の帰り道、志保はさっきまで彼と交わした会話を思い出していた。

 

 まだ、胸の奥は痛い。良樹のことを考えると、すぐに涙が出そうになる。

 けれど、その手に持った図書館の貸し出しカードが、なんだか明日への切符のように思えた。

 

(……明日も図書館、行ってみようかな)


 約束をしたわけでもないけれど、藤原は明日も来るだろうか? それとも……でも……。

 志保はほんの少しだけ、灰色だった夏休みに色がついた気がした。


「少しだけ、明日が来るのが楽しみになったかも」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ