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新しい世界シリーズ

きっと新しい世界は

作者: みっち

「ユリウス、わたくしこの星にあるいろんな世界を見てみたいわ。」

「もちろん、お供しますよ。」


幼い頃、姫様と私はそんな夢を語っていた。実際は、この国の王女様と一介の騎士である自分が気ままな旅などできるはずないが、この頃はそんな夢物語を笑いあいながら話せるぐらいには平和だった。




「この国はもう駄目ね。あなたも身辺整理をしておきなさい。隣国に推薦状を書くわ。あなたは優秀な騎士だから。」


姫様は静かにそう仰った。このアルデリア王国は豊かな土地と素晴らしい王族による統治で栄華を極めていた。いつからだろうか、その国が今のように落ちぶれるなど、いったい誰が想像できただろうか。


「この国はもう隣国の手に落ちるわ。」


ああ、あの時からだ。姫様が16歳、姫様の兄君であるルフィウス様が18歳の時だ。あの時、ピンク色の髪の男爵令嬢が学園に入学したときから狂い始めたのだ。その男爵令嬢は貴族のお手付きで生まれた平民の庶子だったが、聖なる力が発現してから姫様と同じ16歳で学園に途中から入学した。


彼女は当時王太子であったルフィウス様や宰相の息子、魔導士長の息子など、有力貴族の跡取り達と距離を縮めていった。それは急速な変化だった。学園は平等主義だが、貴族と平民の間には明確な線引きが存在する。王族や貴族は将来民を導いていかなければならない。為政者として間違った政治を行わないため、学園生活を通じ社会を経験しなければならなかった。にもかかわらず、王族や有力貴族達は男爵令嬢にあらゆる例外を認めた。平等の名のもとに秩序を乱した。


私は騎士団長の息子であり、姫様やルフィウス様とは小さいころからの仲だった。ルフィウス様がこんなになるなんて想像もつかなかった。姫様はその現状に苦言を呈した。当然だ。彼女は王太子に次ぐ王位継承権第二の人間であり、常に国のためを思っていた。


その頃には私も姫様と同じく毎日のように王太子に進言したが、ついに受け入れられることはなかった。いつも王太子のそばにいた男爵令嬢からは「真面目に働いている姿はとても素敵だけど、自分のことも大事にして。」などと言われるようになった。さらに、姫様に向かって「アイリーン様、ユリウス様を拘束しないで。」と言い始めた。ルフィウス様はそんな支離滅裂なことを言う男爵令嬢に「なんて心根の美しい人だ」などと微笑んでいた。対して、妹の諫言には文句を言うようになっていった。


文句程度ならまだよかったのかもしれない。次第に状況は悪化した。学園は18の年に卒業を迎える。ルフィウス様や他の有力貴族の取り巻き達は卒業まで男爵令嬢と放蕩にふけった。卒業パーティでは婚約者である公爵令嬢を伴わず、男爵令嬢をそばにおいた。その頃には下位貴族や平民は王太子や有力貴族に対し良い感情なんて抱いていなかった。姫様は彼らがないがしろにした婚約者の令嬢達をとりなすために奔走した。


幸いなことに、王は常に姫様の味方であった。本来であれば王太子は卒業パーティで公爵令嬢との婚約破棄を宣言する予定だったそうだ。姫様が王に掛け合い、王太子を律していた。王の側近も自分の息子に馬鹿な真似はするなと言っていたようだった。王太子やその取り巻き達、そして男爵令嬢は姫様へのあたりを強くした。


事態に改善が見られない中、王が崩御された。

ルフィウス様は王となり、前王の側近を全て解雇、自分に都合のいい取り巻きで人事を再編成した。


ルフィウス様が王となり数年が経過したころ、国は貧困になっていた。王に近い貴族は甘い蜜を吸い、平民は困窮し、犯罪が増えた。分かっていたことだった。姫様はその頃には王への進言をやめていたが、何やら忙しく過ごしていた。


男爵令嬢は王妃となり、前王弟も篭絡していた。王以外の男性とも関係を持つ王妃なんて目も当てられないが、王城に勤めるものは皆諦めていた。私もルフィウス様の護衛騎士を解雇されたが、姫様の護衛騎士の立ち位置にとどまれたのは幸運だった。



いよいよ国に陰りが見え始めたころだった。隣国がその機会を逃すまいと我が国に宣戦布告をしてきた。王や取り巻き達はことの深刻さを真剣に捉えていないようだった。王妃もなんとかなるだろうと高を括っていた。


姫様は王城勤めの人間に暇を出した。もちろん好きな職場の推薦状付きで。王妃は、自分の世話をする人間がいなくなったため狂ったように姫様にあたった。毎日物が壊れ、王城が変わっていく様子は、王や取り巻き達が今まで逸らし続けてきた現実に少し目を向ける機会になったようだ。何もかもが今更だが。


「この国はもう駄目ね。あなたも身辺整理をしておきなさい。隣国に推薦状を書くわ。あなたは優秀な騎士だから。」


王城の活気がなくなってきたころ、姫様に声をかけられた。


「あなたには感謝しているわ。でも最期まで付き合ってくれなくて結構よ。私の力が及ばなかったばかりに、申し訳ないわね。」


「私は最期までお供しますよ。」


ここではもう姫様の味方は私だけなのだから。


姫様は一層忙しく過ごしていた。詳しく教えてくれることはなかったが、他国の大使や、宣戦布告してきた隣国の王族とさえやりとりしていたようであった。どう話がまとまったのか分からない。ただ、彼女は晴れやかな顔をしていた。


「明日には全て終わるわ。」

その美しい横顔を見て、嗚呼、彼女の長い戦いが報われるのか、と思った。


翌日、隣国の王子が騎士団を率いて王城前にたどり着いた。隣国の王子は美しい青年だった。王の器である、と姫様がこぼしていたのを思い出した。


王子と騎士団を迎えたのは姫様だった。凛とした姫様の後ろには、明らかに動揺した表情を浮かべる王と前王弟、王妃、さらにその取り巻き達がいた。


「これよりアルデリア王国を我がスタハ王国が支配下とする。」


隣国の王子がそう言うや否や、騎士達が我々を取り囲んだ。


それまで茫然としていた王妃がハッとして、一瞬遅れて叫び、取り乱した。


「なんで、、なんで、なんでなんでなんでなんで!!!こんなはずじゃなかった!」


そんな王妃を見て、姫様は鮮やかに笑って言った。


「知っていたわ。こうなることを。あなたが()()()()()を全て取り込もうとしたときから。でも騎士を一人取りこぼしたようね。」


王妃は目を瞠り姫様を見た。私は姫様の言葉の意味が分からなかった。王妃には分かったのだろうか。

途端に目が怒りに燃えあがった。しかし、騎士の一人が王妃に轡をはめたため、その後言葉が続くことはなかった。


我々は王城のバルコニーに移動させられた。この王城のバルコニーは城下町が見渡せる設計となっている。ルフィウス様もかつて立太子となる際、このバルコニーに立っていた。これからは一層勉学に励み、父王と共に民をより良い世界に導くのだと、決意を固めていた。


久々にバルコニーに立ったのだろう。

ルフィウス様は何とも表現しずらい顔で城下町を見ていた。この荒廃した城下町を。


かつては賢王の素質があったのだ。いや、きっと今もそれは失われていないはずだ。現に今彼は、私がお仕えしていた頃のルフィウス様の目をしていた。ようやく自身の過ちに気が付き、そして自分の首を諦めたようだった。


ルフィウス様のことをみてた時、「君のことは私が預かることになっている。」と隣国の王子が私の拘束を解いた。


「これよりアルデリア王侯貴族の処刑を執り行う。」


その言葉にすぐに姫様に目を向けたが、姫様はじっと城下町を見ていた。


「そんな!なぜですか!私は最期までお供すると言ったではないですか!」


姫様がこちらに顔を向けほほ笑んだ。そんなことあっていいはずがない、私は必死に暴れたが複数人の騎士に取り押さえられてしまった。


いよいよ彼らは、広いバルコニーに用意された処刑台に上った。処刑台に上がった姫様は美しかった。


その時理解した。王侯貴族の首をささげる代わりに、戦争をなくしたのだ。そういう契約を姫様は取り付けたのだ。民の命を奪わず、為政者としての役目を果たせなかった者のみが処罰を受ける形になんとかとりなしたのだ。それは為政者として歴史に残るだろう快挙だった。


なんだか笑いが込み上げてきた。


「ははっ。さすが姫様。そんな姫様だからずっとお慕いしていたんです…よ。」


気づかないうちに涙が出てきていたが、これが最後だ。人生を文字通りこの国にささげた彼女の最期に、思いを伝えられてよかった。


隣国の王子の合図とともに、彼らの首が落ちた。


その後の記憶はあまりない。いつの間にか王城の自分の部屋にいた。いや、今はもう自分の部屋ですらないのかもしれない。直にこの王城にはスタハ王国の人間がやってくるはずだ。


ぼんやりしていると扉がたたかれた。入ってきたのは隣国の王子だった。


「荷物をまとめてついてきてくれ。」


最低限の荷だけまとめて彼についていくと、案内されたのは地下の貴族用の軟禁部屋だった。そこには彼女が眠っていた。


「姫様?」


信じられない。あの時目の前で首が落ちたのだ。おぞましい光景だったんだ、夢であるはずがない。


「あれは幻影魔法だ。彼女を連れてこの国を去れ。」


は?


「嗚呼、きっと目が覚めたら混乱するだろう。うまく接してやれ。あと、今後この国への足の踏み入れを一切禁ずる。いいな。」


駄目だ、状況についていけない。でもなぜだろうか、体は勝手に動いた。彼女を抱えて急いで城を出た。それは最期までこの国を思った姫様へ与えられたあの王子からの褒美だった。



嬉しさがこみ上げる。気が急いていた、鼓動が早くなる。これからどうしようか。移動の途中で彼女が目を覚ました。目を白黒させている。そんな姫様を見て、まずは落ち着かせないと、とか、状況を説明しないと、とか思ったが、全く違う言葉が自分でも驚くほど迷わず出ていた。


「姫様、いや、アイリーン様。私とともにこの星にあるすべての世界を見て回りましょう。これから見る新しい世界はきっと美しいですよ。」

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