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箱庭から歪んだ愛を君に。  作者: 泉出流
第3章【そして疑いの花は咲き誇る】
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●第1話「嗤う巳と哭く未」

「……ふーん、なんだ。そういうこと?」


 ぽつりと呟いた声が、静まり返った空気に酷く響いた。

 口元を歪め、ニヤニヤと笑っているのはミイだった。

 その笑みはまるで「待ってました」と言わんばかりに、醜悪に捻じくれていた。


「……そういう事って、何よ」


 エンジュが眉をひそめ、不快げに問い返す。

 けれどミイは気にも留めず、目を細めて愉しげに言葉を継いだ。


「仲が良いと思ってたけど、それは見せかけだったってこと!」


 一拍の沈黙のあと、可笑しくて仕方がないと言わんばかりに腹を抱えて大笑いする。

 大きく腹を抱えて笑い転げるミイは、もはや狂気じみていた。

 ただ肩を震わせ笑いながらも、視線は真っ直ぐに私だけを貫いていた。


「アハハ、十二人に入れなくて嫉妬でもした!? それで殺しちゃうなんてアンタ相当イカれてるよ!!」

「……ちょっと、アンタねぇ……!」


 ミイが私に攻撃的な言葉を投げつけてきて、エンジュがかばってくれている事は分かる。

 けれどその声もこの状況もどこか遠くで起こっている事のようだった。

 まるで自分とはなんら関係の無い、言うならばただ一本の映画を観てるような、そんな気分だった。


「……僕も」


 ミイとエンジュの言い争いの間にもう一つ、掠れたような声が割り込んだ。


「僕も、ミヤがやったんじゃないかって……思う」


 メイの顔は強張っていた。

 だけど目だけは私への疑いを通り越して怒りに燃えているように見えた。


「メイ、アンタまでそんな」


エンジュは、ミイのことを嫌っていたはずのメイがその言葉に賛同したことに驚きを隠しきれない様子だった。

一先ず宥めようと、彼はメイの肩に優しく手を置いた。けれど、メイは私を睨んだまま止まらなかった。

 最初やや躊躇いがちに、けれど段々矢継ぎ早にはっきりと言葉を強めていく。


「だってそうだろ! 部屋には鍵が掛かってたんだぞ! 殺せるのはコイツくらいじゃないか!」


 声が一気に張りつめる。

 メイは息が続く限り叫ぶようにして言葉を吐き出した。


「僕たちは病気にもならないんだから、病死なんて有り得ない!! きっとコイツがウイを殺したんだ!!」

「私はそんな事しないッ!!」


 反射的に言い返していた。

 でもその言葉だけじゃ足りなくて、胸の奥から感情が次々と溢れてきた。


「私は絶対に、ウイを傷付けたりなんかしない!! ましてや……ッ、殺すなんて……!!」


 声が震える。視界が滲む。

 自分の意思とは関係なく次から次へとボロボロと溢れ落ちるそれを、鬱陶しいとさえ思いながらメイを睨み返す。

 しばらくの沈黙。睨みあったまま、時間が止まったようだった。

 やがて、メイはぽつりと呟いた。


「信じない……ッ! 僕は、絶対に許さないから!!」


 そのまま踵を返し、走っていく。

 小さな背中が遠ざかっていくのを、私はただ、立ち尽くしたまま見送るしかなかった。


「メイ!」


 追いかけるように、シュウの声が響いた。


「……ごめん、ミヤ。メイはちょっと混乱してるんだと思う。後でちゃんと謝らせるから」


 申し訳なさそうにそう一言言って、シュウはメイの後を足早に追いかけて行った。


「あぁ面白くなって来た! ミヤ、また何か変わったことが起きたら教えてよ。俺はもう部屋に戻るからさぁ」


 ウイ、メイ、シュウ、そして私の状況。

 全てが面白いと言った様子で散々笑い飛ばしたミイは満足したように、相変わらず嫌な笑みを浮かべながら二人に続いて去っていく。

 その後に残されたメンバーは、誰一人として何も言わなかった。


 メイの叫びも、シュウの足音も、ミイの声もすべて遠ざって……


 残された空間には、ただ張りつめた沈黙だけが横たわっていた。

 その中で唯一音を立てたのは、革靴が床を踏む僅かな音だった。


 振り返ると、シンが静かに動いていた。

 いつの間にかウイの部屋へと乗り込んでいて、その手には床に転がっていた“何か”が握られている。


「……仮面」


 私の口から、自然とその言葉が漏れた。


──割れている。


 それがウイのものだと気づくまでに、そう時間はかからなかった。

 ウイが大事そうに常に身に付けていた薄桃色の綺麗な仮面。

 それが小さく細かくなって彼の手の中に収められている。遠目に見るとまるで花弁を持っているかのようにさえ私には見えた。


 シンはそのまま、静かな無駄のない動きでベッドで眠るウイへと近付いていく。

 私は何か言おうとしたけれど、言葉が喉に引っかかって出てこなかった。

 シンは細い綺麗な指先でウイの身体に手をかけ──


「触らないで」


 ぴたりと動きを止めさせたのは、エンジュの声だった。


 静かな、でもいつになく低い声。

 振り返ったシンを、エンジュは正面から見据えていた。


「彼女は……女の子なのよ」


 その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。

 けれど、ウイを“守ってくれている”ことだけは分かった。


 シンは何も言わなかった。

 無表情のまま、少しだけ目を伏せると、静かに仮面の破片を掌の中で包み、引き下がった。


「あー……えーと、シンシンを止めるのは良いけどさぁ……」


 場の緊張をやんわりと切り裂くように、トウマが口を開いた。


「ぶっちゃけ、このままにはしておけなくない?」


 その言葉に誰も返さなかったが、確かにトウマの言っていることは正論だった。


「ウイちゃんが亡くなったのは悲しいけど、なんでこうなったのか分からないと……なんか怖くない?」


 トウマは眉を寄せながらも、いつも通りの調子で続けた。


「見た感じ外傷とかは無さそうだし、そうなると原因は仮面が割れたからってことになるん……だ、けど……」


 トウマの言葉が濁った瞬間、彼の視線がやや彷徨ってから、やがて私へと向けられた。

そして、他の皆も──。


 全員の目が私を見ていた。

 ここにいる全員が私を責めている、そんな気がした。

 昨日までは完全に仲良くとはいかなくても普通に話して、普通に過ごしていた人達。

 その全員が私の事を”ウイを死に追いやった殺人鬼”に見てる気がして──


「私は……っ」


 なんて言ったらいいか分からない。

 私にはそんな事絶対にしないと否定することしか出来なくて。


「おい」


 でも、その時だった。

 ふいに別の声が割り込んだ。


「別に仮面が割れたから死んだとは限らねぇだろーが」


 低く、けれどはっきりとした声。

 初めて、イブキが口を開いた。


「外傷が無いのに?」と誰かが問う。


「外傷なんか、俺らはすぐ治るだろーが。……まぁ、死んでからも治るかは知らねぇけどな」


「死んだあとに治るかなんて試せるわけねーだろ」と言う彼の乱暴な言葉の奥に、私は微かな優しさを感じていた。


(もしかして、かばってくれたの……?)


 その声に救われたような気がして、私は少しだけ息を吐くことが出来た。


「病気にはならねぇけど、毒なんかは効くんじゃねぇの?」


 今度は、視線がコハクへと移る。


「──まぁ……そうなるよね」


 コハクは肩をすくめ、特に動揺した様子もなく答えた。


「毎日ウイ達にお茶を用意してるし、毒を仕込むなら俺が一番やりやすい」


 そう言って、テーブルの上から小型の水筒を二つ拾い上げる。

 それは昨日の夜、私とウイが飲んだお茶が入っていたものだった。


「でも、誓って俺は毒なんて入れてないよ。調べてもらって構わない」


 そう言って中身がまだ残っている小さな水筒をイブキへと差し出した。


 その時のコハクは──なんの感情も無い人形のように無表情だった。

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